カラスの濡れ羽色




 「瑠璃さんの髪はとても綺麗ですね」
 五色堂主人、花京院鳳月はドラ焼きを頬張りながらそういった。唐突にそんなことをいわれたものだから、私ははあ?と烏の鳴き声のような間抜けな声をあげた。
 鳳月さんは口をせわしなく動かしながら、じっと私を……というか私の髪の毛を見つめていた。

 「茶色とか赤とかそういった色が混じっていないですし。羨ましいくらい綺麗ですよ……ふふふ」
 そういう鳳月さんの髪も、だらしなく伸ばしているわりには痛んでいる様子はない。漆黒のその髪には艶があり、日光を浴びると日を受けた清水のように輝く。
 悔しいが、女の私の髪の毛より余程綺麗だ。多分鳳月さんは、自分の髪の毛が綺麗って自覚がないから、こんなことを言っているのだろうけど。
 そんなことを思っていると、鳳月さんが突然手を伸ばして私の髪の毛に触れたので、私は、後ろから突然抱きかかえられてびっくりしたアヒルの叫び声のような、間抜けな声をあげた。
 鳳月さんは、こっちの悲鳴など無視して(ていうか聞こえていないだけかな)、私の髪の毛を触ったり、凝視したりしている。

 「何するんですか! 変態ですか鳳月さんは!」
 私は鳳月さんの悲しいくらい細い腕を振り払って、後ずさりした。鳳月さんは、どうして私が顔を真っ赤にして慌てているのか分からない風に首をかしげた。
 鳳月さんがいくら気味の悪い、異性として意識するのは到底難しい人だったとしても、突然髪の毛を触られたらびっくりする。一応鳳月さんは男の人だし。

 「何をそんなに慌てているのです? ああ、もしかしていやらしいことでもされると思ったんですか? いやですねえ、私はそんなことしませんよ。全く、瑠璃さんったら見かけによらず、結構いやらしいですね、くっくっく」
 そういってまた肩を揺らして笑う。もうおかしくておかしくてしょうがないという風だった。本当に、この店に日本刀があったなら、斬って差し上げたい。

 「いやあ、でも瑠璃さんの髪は綺麗ですよ、とてもさらさらしてますし」

 「だ、だからっていきなり触る事はないじゃないですか!」

 「いやあ、申し訳ない。いやあ、でもいいですよ、その髪の毛。烏の濡れ羽色というやつですねぇ」

 「烏のぬれ……なんですか、それ」

 「色の名前ですよ。濡烏ともいいますが。……女性の髪の色を形容する時に使われる言葉ですねぇ」
 鳳月さんは、自分の髪の毛をいじりながら、話を続ける。

 「やや青みがかった黒で、水にぬれた烏の羽のような色だから、濡烏、烏の濡れ羽色と呼ばれているわけです。通常、表面が細かく凸凹しているものに光が当たると光が乱反射するものだから、色はぼやけて、白っぽく見えるのですよ。しかし、布などの表面を水で濡らしますと、布を構成している羽毛などが水を含んで寝ます。そうしますと、凸凹していたものが、平らかになってすべすべになります。すると、その布は光をより多く、均一に受けるようになり、色は濡れていないときよりもずっと濃く、綺麗に見えるようになります。……これを、濡れ色効果というらしいです」
 そういって鳳月さんは、店の奥に姿を消す。数分後に、一冊の本を抱えて戻ってきた。今度は何を見せるというのだろう。
 鳳月さんがもってきたのは、鳥の図鑑だった。鳳月さんは、該当するページを探そうと、ぺらぺらと図鑑をめくっていく。

 「カ〜ラス〜、何故鳴くの、カラスに聞いてみよ〜」
 七つの子のメロディーに合わせて、実に機嫌よさそうに鳳月さんは歌う。若干歌詞が違うような気がするが、ツッコミをいれても仕方ないだろうから、何も言わない。
 しかし、今にも死にそうな声で歌われると、なんだかこの七つの子という童謡が(もっとも、歌詞が若干変わっているが)哀しい歌に聞こえてくる。または、誰もいないはずの家から聞こえてくる呪いの歌のようだ。

 「あ、ありました。ほら、これです」
 といって、鳳月さんは開いたページを私に見せる。
 そこには、烏の写真が3枚ほどのっていた。1枚目は、木の枝にとまっている烏、2枚目はゴミ袋近くをうろついている烏の写真。3枚目は、水浴びをしている烏の写真だった。鳳月さんは、その水浴びをしている烏の写真を指差した。

 「ほら、みてください。この水浴びしている烏の身体の色、青や緑っぽいものがまじっているのが見えませんか?」
 そういわれてみてみると、確かにところどころ青や緑っぽい色が見える。黒い羽の中に見えるその色は、なかなか艶やかで綺麗だった。ただの黒もいいが、こういう色が少しみえるというのも、なかなか綺麗だなと思った。

 「水を浴びて、濡れ色効果によって羽の色がより濃くなっていますね。この青や緑という色は、別に本来烏の羽に含まれている色というわけではありません。どうも、光の干渉によって、こういう色が見えるらしいですねぇ。シャボン玉と同じですよ、ほらシャボン玉も青とか紫とか緑とか、色々な色が見えるでしょう。あれも光の干渉によるものらしいです」
 そういって鳳月さんは、どこに隠していたのか、シャボン液とストローを取り出した。
 ストローの先端にシャボン液をつけ、こちらに向けてぷうっと吹いた。するとストローの先から数個、小さなシャボン玉が飛び出してきた。シャボン玉は、優しい橙色の灯かりに満ちた店の中をふわふわと舞った。見れば、確かに透明なシャボン玉に青や紫などの色がぐにゃぐにゃと混ざったものが浮かんでいるのが見える。
 シャボン玉は、やがて姿を消した。いつ消えたかも分からないくらい、唐突に。
 鳳月さんは、にやにや笑いながらシャボン玉を作り続ける。作るのは一向にかまわないけど、こっちに向けてぼこぼこ吹くのはやめてほしい。さっきから顔にぽつんぽつんと当たるし、目に入りそうになるしで、散々だからだ。

 「と、まあこんなかんじですね。烏の濡れ羽色というのは、濡れた烏の羽のように、この美しい干渉色が浮かんだ髪の毛のことを指すそうです。つやつやで真っ直ぐな、美しい髪の毛に浮かぶ色……日本人を初めとした、髪の毛が黒い民族のみに与えられた美しい色です。金髪や銀髪の人たちに、この烏の濡れ羽色という概念はないでしょうねぇ。そんな色の髪の毛なんて持ってないし、縁もあまりないでしょうからねぇ」

 「平安時代の美人の条件の一つに、髪の毛が黒く長く、つやつやしていて美しい、というものがあったそうですねぇ。濡れ烏の色をした、長い黒髪……さぞかし美しいものだったのでしょうねぇ。今の女の人は、美しい黒髪をわざわざ金や茶や赤にして、真っ直ぐな髪の毛もチリチリにして、わざわざ痛めつけて。私は、金や茶よりは、黒髪のほうが素晴しいと思いますけどね。……大体日本人って、黒以外の髪の毛ってあまり似合わないんですよねぇ……。濡れた烏の羽の色が似合う人種ですのに、もったいない」
 私は、面倒だし大して興味はないが、確かに最近は茶色などに染める人が多いと思う。平安貴族の女性たちが、髪の毛を茶色に染めた女の子を見たら卒倒するに違いない。きっと、なんて酷い色だろうと口々にいうのではないだろうか。今の、茶髪でパーマをかけ、派手な化粧をした女の子がもし平安時代にタイムスリップしてしまったらどうなるだろう。現代では可愛いねといわれていても、平安時代に行ったとたん、醜女扱いされて、散々な人生を送ることになるかもしれない。
 そう私がいったら、鳳月さんは肩を揺らし、そうですねえといいながら笑う。可笑しくてたまらない様子だった。きっと、色々想像しているに違いない。

 「せっかく素晴しい色の髪の毛を与えられたのに、どうして皆それをないがしろにして、色を変えてしまうんでしょうかねぇ……そんなに外国人になりたいんですかね? 私は日本人に生まれてよかったと思いますけどねぇ……黒い髪、色彩をより細かく多く識別できる黒い瞳を与えられて、幸せだと思いますよ」
 そういって、鳳月さんはにこりと微笑んだ。私もつられて微笑む。私は、綺麗だといわれた自分の髪の毛に触れてみる。これを思いっきり伸ばして、顔を白粉で白くして、平安時代にタイムスリップしたら、私も少しはもてるかしら。はは、我ながら馬鹿馬鹿しいことを考える。

 「最後に、一つだけお話をしましょうか」
 そういって、鳳月さんはまた物語を語り始めた(以下創作

 これは、今よりもほんの少しだけ昔の話です。
 3人の少年が、近くにあった山に入って遊んでいました。少年たちは山中を駆け回り、ちゃんばらをし、山の木の実を採って食べて遊びました。
 夢中になって遊んでいるうち、空は鬼灯のような色に染まり始めました。少年たちは、そろそろ家に帰ろうか、でも帰る前に水浴びをしよう、といって山の中にある小さな泉へとやってきました。
 少年たちが泉を訪れると、泉の前に見慣れない少女が立っているのを見つけました。自分たちとそんなに変わらないくらいの年に見える少女の髪の毛は長く、またうつくしいものでした。さきほどまで水浴びをしていたのか、その髪の毛は水に濡れてつやつやと輝いていました。様々な色が見えるその黒髪は、少年たちがみたどの髪の毛よりもきれいなものでした。
 少年たちは、ひと目でその少女のことが好きになりました。少女は、自分たちの住んでいる町のどの少女よりも綺麗だったからです。少年たちは、きっとこの子は都会から来た子なんだなと思いました。
 少年たちがドキドキしながら少女に話しかけると、少女はにこりと微笑みました。その笑みがまたなんともいえず可憐だから、もうますます3人はその少女のとりこになってしまいました。
 少年たちは、少女と色々話をし、また明日遊ぶ約束をしました。
 それからというもの、少年たちは毎日のように山へいってはその少女と遊びました。少女は、自分がどこからきた、なんという名前の人間なのかということは教えてくれませんでしたが、少年たちはそんなこと少しも気にしませんでした。

 ある日のことです。その少年たちのことが好きな、3人の少女が、山へ行った少年たちの後をつけていきました。
 少女たちは、最近少年たちの様子がおかしいこと、どうも誰か好きな人ができているらしいということ、どうもその恋の相手が山にいるということに気づきました。
 そのことに気付いていない少年達は、いつものように泉までやってきて、いつものように、美しい黒髪をもつ少女と会い、たくさん遊びました。
 少女達は、少年達がその黒髪の少女にデレデレしている様子を見て、酷く腹をたてました。まあ、ようするに嫉妬ですよね。

 少女達は、数日後、少年達よりも一足早く山へ行き、泉を訪れました。
 泉には、髪を水で濡らしたあの少女がいました。
 少女の1人はいいました。

 「彼らに手をださないで。私たちが先に好きになったんだからね、横取りは許さない!」
 そういうと、黒髪の少女は少女達を馬鹿にしたような笑みを浮かべ、一言言いました。

 「阿呆」

 その一言に少女達は腹を立てました。少女の一人はもう酷く腹を立てて、興奮して、ランドセルに入っていたはさみを取り出し、少女に襲い掛かりました。

 「なによ、ちょっとばかり髪の毛が綺麗だからって、調子に乗るな!」
 他の2人が、黒髪の少女を押さえつけ、そしてはさみをもった少女が、黒髪の少女の綺麗な、それは美しい髪の毛をばっさりと切ってしまいました。
 すると、その瞬間黒髪の少女はがああっと獣の叫び声のような、首をしめられた鳥のような声をだして、倒れてしまいました。
 そして、それに続いて、少女達が悲鳴をあげました。

 美しい黒髪の少女は姿を消していました。
 そして、少女が倒れた場所には……一匹の烏がいました。
 烏は黒い羽をもがれ、その場所でぴくぴくと痙攣しておりました。
 
 少女達は悲鳴をあげ、一目散に逃げてしまいました。
 少年達が毎日遊んでいた、あの黒髪の美少女は……烏だったのです。
 恐らく、人間をからかってやろうと、可愛らしい女の子の姿に化けたのでしょう。

 可愛そうに、羽をもがれ、傷つけられてしまった烏は、それからほどなくして息絶えました。
 あとからきた少年達は、少女と会えずに酷く落ち込みました。
 そしてその腹いせに、ちょうどいつも少女が立っているあたりに転がっている烏の死骸を蹴飛ばしました。

 少年達の中で、死んだ烏の羽の色と、少女の髪の毛の色が全く同じであることに気付いたものは、いませんでした。

 「と、そんなお話です。やや、怪談じみたお話ですよねぇ」

 「一緒に遊んでいる子が、烏だなんて、誰も思いませんよねぇ」

 「くく……案外、瑠璃さんの……正体は烏、だったりして」
 そういって、鳳月さんはくくくと一人笑いだした。

 いつかいっぺん首をしめてやる。
 私は、心の底からそう思うのだった。

 「もしかしたら、髪の綺麗な女の人は、皆烏が化けた姿かもしれませんよ」
 そう私は言って、一人笑った。鳳月さんもつられて笑い出す。

 店の外から、阿呆というあの腹立たしい鳴き声が聞こえてきた気がした。