和菓子の色
「信じられない、信じられない、信じられない!」
私は、目の前にあるフライパンに肉や野菜をつっこみ、菜ばしで乱暴にかき混ぜながら、延々とそう叫んでいた。
隣のコンロの上には卵とわかめのスープが入った鍋があり、流し台の横にあるスペースには、ポテトサラダの入った器が置いてある。それらは私がぎゃあぎゃあいいながらつくったものだ(興奮しながら猛スピードでつくったものであるから、美味しくできたかどうかは微妙であるが)。
……これらは、私が食べるものではない。五色堂主人、花京院鳳月に半強制的に食べさせるつもりの料理である。
全く、なんだって私は他人の家の台所を(ほぼ無理矢理)借りて、恋人でも友人でも親戚でもない、ほぼ無関係な男のために料理をつくっているのだろうか。しかも貴重な休みの日である日曜日に。
いや、別に鳳月さんが「お腹がすいたので何か作ってください」と言ったわけではない。私が、そんなことしなくてもいいですよ、とあからさまに困ったような表情を浮かべながら言った鳳月さんのことを無視して、勝手につくっているだけなのだ。
何故私は、鳳月さんの家の台所を借りて料理をつくっているのか。
答えは、数時間前の会話にあった……。
---数時間前---
私は、えらく暇だった。休みというものはとてもありがたいものなのに、いざ休みになると、やることが思い浮かばず結局一日中ぼうっとしてしまい、つまらぬ思いをする。
友人と遊ぶ予定も無く、デートする彼氏もなく、掃除をする気力も無く、面白いTV番組も特に無く。
特に何もすることが無かった私は、結局家をでて街中を適当に歩くことにした。
自分が生まれてから社会人になるまで住んでいた隣の町、桜町に比べればここ三ッ葉市は大きく、おしゃれな店やビルが立ち並んでいる。しかし、田舎であることに変わりはないから、ぶらぶら歩いていてもあまり面白くはない。
洋服店を回って、ぼうっと服を見る。結局ピンとくるものがなかったので、何も買わない。昼、別段美味しいわけでもないスパゲッティを食べ、街中で堂々といちゃついているバカップルを冷たい目でみて、どろどろに溶けてしまったソフトクリームを噴水のある公園でぼうっと食べる。クルッポクルッポ鳴きながらせわしなく動き続けるハトとにらめっこをし、公園中を無邪気な笑顔を浮かべながら駆け回る子供に癒され、そのあと小さな書店に立ち寄って雑誌を立ち読みする。本屋の空気が悪いせいか、文字が頭の中に入っていかない。書店を出て、へい彼女、一緒にお茶しないかい? と男の人に声をかけられることもなく、ただ目の前に見える道を延々と歩き続ける。
結局、貴重な休みの時間はあっという間に過ぎていった。また明日からは仕事、仕事、仕事。そしてまた日曜日が来る。何もすることがなく、今日と同じようにつまらない時間を過ごすのだろう。
私は、ため息をつきながら家路につく。……ああ、家に帰る前に五色堂によっていこう。パワーストーンをいくつか買って、ブレスレットをつくってみよう。私はそう心に決めて、住宅にはさまれている緩やかな坂をのぼっていく。
坂をのぼりきり、しばらく歩くと空き地と住宅に挟まれた、立派な造りの店が見える。いつの間にかできていた店、五色堂。
私はガラガラと音のする戸を開けて、店の中に入る。
店の中は、仄かな甘い匂いが漂っていた。今日もどこかでお香を焚いているようだ。多分、ラベンダーの香りだと思う。
出入り口の正面にあるカウンターに、ここの店主である鳳月さんが背を丸めて座っていた。左手に小さな袋を持ち、そこから何かを取り出して口にいれている。……何か食べているらしい。
鳳月さんは私が店に入ってきたことにも気がつかず、髪の毛に隠れている眼を自分の手元に向けていた。何か硬いものをかじっている、ガリガリという音が聞こえる。
「何食べているんですか」
カウンターのすぐ前まで移動した私が声を掛けると、鳳月さんが食べ物を口に運ぶ手をとめ、顔をあげた。
あいかわらずの死人のような眼と、青い肌。目の下にあるくまは以前よりも濃くなっている気がした。今日は幽霊が着ていそうな真っ白な着物を着ていた(あまりに似合いすぎていたので、私はこの人は本当は幽霊なんじゃないかと思った)。そして、赤い着物を何故か頭からかぶっていた。今日の着物の色の組み合わせを食べ物で例えるとするなら、カキ氷(イチゴ味)といったところだろうか。
「おやおや、瑠璃さんじゃありませんか、こんばんは」
「鳳月さん、何で着物を頭からかぶっていらっしゃるんですか。重くありません?」
「いやぁ、奥にある部屋から差し込んできた日の光が強かったもので……何かかぶれば少しは日の光を直接浴びずにすむかなと思いましてね。生憎私は帽子とかサンバイザーとか持っていませんので」
確かに、鳳月さんの背後にある部屋の窓からは日の光が差し込んでいるようだった。しかし、大してその日差しは強くない。まあ、365日をほとんど家の中で過ごしていると思われる鳳月さんにとっては強いのかもしれないけど。
「だからって着物をかぶらなくても。重くないですか?」
「重いですねえ……子泣き爺に乗っかられている気分がします」
そこまで重くはないだろう。いや、重いのだろうか。着物の重さなんて知らないからなんともいえない。
「ふうん……それで、何を食べているんですか?」
「ああ、金平糖ですよ……友人からもらったんです。珍しい金平糖でしてね、味が付いているんです。桃味とかイチゴ味とか林檎味とかレモン味とかあるんですよ、なかなかおいしいです」
どうぞ、と鳳月さんは桃色の袋を、口をこちら側に向けて差し出した。食べていい、ということなのだろう。
私はありがとうございますと礼をいって、そこから3粒ほど金平糖をつまんだ。
それを口に含むと、苺の香りと味が広がる。砂糖の甘みと優しい苺の香り。こんな金平糖、食べたことがない。
「美味しい……すごく素朴で優しい味がします」
「でしょう。これ、京都にある金平糖専門店で売られているものらしいですよ。人気があって、注文してもなかなか手元に届かないとかで」
……そんな貴重なものを、鳳月さんはバリバリと食べていたのか。一粒一粒味わって食べればいいのに。そっと袋の中を覗いてみると、ほとんど金平糖は残っていなかった。
「まあ美味しい事は確かですけど。いくら美味しいといってもこれ、砂糖のかたまりなんですよ?あまり一度にたくさん食べると体によくないですよ」
と私が言っているのにもかかわらず、鳳月さんはもぐもぐと金平糖をかじり続けている。私も金平糖は嫌いではないけど、あれだけたくさん一気に食べたいとは思わない。
「そうはいわれましてもねぇ……なかなかやめられないんですよ。この美しい色を見ていると、金平糖を口に運ぶ手がとまらなくなってしまうんです」
「まあ、確かに金平糖って綺麗な色してますけど……」
駄菓子屋や、屋台でよく見かける金平糖。鮮やかな桃色、水色、黄色、黄緑、紫などの色をした金平糖は、空から落ちてきた星、食べられる宝石のようだった。
ただの砂糖のかたまりなのに、色がつくだけでなんだかとてもおいしい食べ物のように見えてくるから不思議だ。
小さい頃はよく親に買ってもらったり、乾パンの中に入っているものをつまんで食べたものだ。よく考えてみれば、金平糖を食べたのなんて久しぶりだ。
「綺麗ですよ……こんな汚い世界にも、まだこんなに綺麗なものが残っているんですねぇ……くくっ。瑠璃さんもそう思いますよね」
と同意を求められても困る。私は適当に笑ってごまかしてやった。
鳳月さんは袋から一粒金平糖を取り出し、にやにやと不気味な笑みを浮かべながらそれを見つめている。
「はは……。でも、まあ、和菓子って綺麗な色のものが多いですよね」
「金平糖は南蛮菓子ですけど」
「ぅ……」
鳳月さんは金平糖をじっと見つめながら、人の揚げ足をとる。
私は鳳月さんの首を絞めたくなる衝動を、必死になっておさえなくてはならなかった。何よその言い方は、ああ腹が立つ!(しかし、後日パソコンサイトで調べたところ、どうやら現在は南蛮菓子も和菓子の一種であることが分かった。私は別に間違っていなかったのだ)
「まあ、でも和菓子の色は綺麗なものが多いという部分には同意しますよ」
鳳月さんが、ゆっくりと立ち上がる。ずるり、と頭から被っていた着物がずれおちる。
鳳月さんは着物を引っ張ってまた頭に被りなおす。わざわざ被りなおさなくてもいいのに、と思うのだが言っても無駄だろうから、私は何もいわなかった。
「あがってください。お茶と和菓子をご馳走しますよ」
そういって鳳月さんは、カウンターのすぐ奥に見える部屋を指差した。
私は困った。お菓子をご馳走してもらう理由が見つからなかったので、酷く困ってしまった。私はあくまで店に遊びに来た(冷やかしに来た)客だ。友人でも、大切なお客様でもない。それなのに、何故唐突にそんなことを言いだしたのだろうか。
「な、何でですか」
「理由はこれといってありませんよ。まあ、美味しい和菓子を食べながら、和菓子の色についてお話したいなあとか思いまして」
ふうん。まあ、鳳月さんから色についての話を聞くのは好きだし(話を聞くのが好きなだけで、別に鳳月さんのことが好きなわけではない)、美味しい和菓子を食べてみたいし……まあ、いっか。
「それでは、遠慮なく」
私は、カウンターと壁の隙間を通る。木で作られた階段を三段のぼって、廊下へあがる。そして、そのまま正面にある部屋に入っていった。
障子戸のついたその部屋は和室だった。非常に殺風景な部屋で、ちゃぶ台と座布団と窓があるだけで、他には何もない。私はちゃぶ台の前に座らされ、鳳月さんが和菓子とお茶を持ってくるのを待った。
鳳月さんが戻ってきたのは、10分ほどたってからのことだった。
漆塗りの盆の上に黒塗りの長方形の皿と、灰色の湯飲みがそれぞれ二つずつのせられている。
流石に赤い着物は邪魔になったのか、被ってはいなかった。
鳳月さんはちゃぶ台の上に皿と湯のみ茶碗をおいた。
「わあ、すごい」
黒塗りの皿には4つ、小さな和菓子がのっていた。
1つ目は、鮎を象った愛らしい皮に餅のようなものがはさまっているもの。2つ目は、餡子を葛でつつみ、葉で包み込んだもの。3つ目は、紫と青のいくつかのキューブ状の寒天のようなものが白餡らしきものを包み込んでいるもの、4つ目は、びわの形をしたものだった。
どれも、夏にぴったりの涼しげな印象をもつお菓子だった。
「1つ目が若鮎。中に入っているのは求肥という、練って作られる餅のようなものです。2つ目は葛桜。葛で餡を包んで、さらに桜の葉で包んだものです。3つ目は紫陽花。求肥入りの白餡を錦玉という寒天と水飴や砂糖を混ぜた透明の寒天で覆ったもの。4つ目はびわ。餡子を練りきりで包み、びわの形にしたものです」
「鮎とか紫陽花とかって、夏によくみるものですよね」
「ええ、そうですねぇ……。日本人というのは、とにかく季節の移り変わりを気候や、庭や道端に咲く花々などで敏感に感じ取り、衣服や食物を季節に合わせて変えることで季節の変化を楽しむ達人でしたからね」
そういって鳳月さんは、自分の前においた皿にのっている紫陽花を一口サイズに切り分けて、ぱくりと食べる。ゆっくりと味わって食べる様子はまるで牛だった。
「和菓子は季節感を大事にしてつくられています。春は春、夏は夏の風物詩や周りの風景等を再現した和菓子をつくります。和菓子屋でも、夏しか売られていないものとか、秋にしか売られていないものがあります」
若鮎も水羊羹も、頻繁に見かけるのは夏で、それを過ぎるとぐっと見る機会が減りますねぇ……と鳳月さんがつぶやく。
私は、確かに季節によって、デパートの和菓子売り場に売られる商品って微妙に変わるよな、と思いながら若鮎をぱくりと食べる。甘い皮と、もちもちした求肥はよく冷えていて、暑さで火照った体を少しだけ冷ましてくれた。
いつでも店にでているわけではなく、その季節だけにでてくる菓子だからこそ、それを食べた時にその菓子がでてくる季節になった事を強く感じることができるのだろう。
「和菓子は食べて楽しむだけでなく、見て楽しむお菓子でもあります。その季節の植物や虫や気候などを表す和菓子の数々は、見ているだけでも季節の移り変わりを感じさせてくれます」
「使われる色も、季節によって結構変わりますよね」
「そうですねぇ……。春の和菓子は、桜や桃や若葉、新緑などをイメージしたものが主ですから、桃色や黄緑色、緑色など淡く優しい色をしたものが多いですね。夏は、見ているだけで涼しくなる、みずみずしいものが多いです。葛や寒天、錦玉などを使った、透明感のある色のものがおおいですね。青や紫、もしくは無色透明なものなどよく見ます。秋は、紅葉や菊をイメージしたものや、芋や栗などを使ったものなどが多く、色は赤や黄色、茶色など比較的大人しく落ち着いた色が多いですね。冬は、雪や椿、春の訪れを告げる鶯などをイメージしたものが多いです。色は白や、春の和菓子でよく見る桃や緑などが主ですかね。同じ桃や緑でも、こちらの色は暗かったり、薄かったりしているように思うのは私の気のせいでしょうかねぇ」
「和菓子の色ってどれも優しいものですよね。どぎつい感じがしないというか。昔は、どんなものでああいう色をだしていたんでしょう?」
今は、合成着色料とか……まあ、あまり身体にはよくないらしいものが多く使われていたが、そんなものがなかった時代はどうやって色をつけていたのだろう。
「まあ今は合成着色料とか使っているところが少なくないでしょうがねぇ……昔は、周りにある自然のものを使うことが多かったようですよ。紅花からは綺麗な赤色がでますし、クチナシからは綺麗な黄色がでてくる。瑠璃さん、栗きんとんとかって作ったことあります?」
正月に、親と一緒に作ったような覚えがある。あれ、芋金団だったかしら。まあ芋も栗も大差ないだろうけど。
私が記憶を辿っていると、鳳月さんがにやりと笑う。
「ああ、瑠璃さんにはまだ早すぎますかね」
それは、栗きんとん(もしくは芋きんとん)を作るのは大人で、それをまだ作らない私は子どもだという意味だろうか。にやにや笑って、ああもう憎たらしい。でも、一人で作ったことがないのは事実だ。
「母親と作ったことがあります」
ムキになって答えると、何が面白いのか鳳月さんはまた肩を震わせて笑う。
「そんなに、ムキになって答えなくてもいいですのに……くくくっ……。まあ、いいでしょう。瑠璃さん、栗きんとんを作るときにクチナシの実をいれませんでしたか?」
「クチナシ?」
「こういうものですよ」
そういって鳳月さんは一体どこに隠し持っていたのやら、一つの実を私に見せた。
それは赤みの強いオレンジの色をしたしぼんだ鬼灯のような形をしていた。
私はそれをじっと見た。そういえば、母がこのようなものを入れていたような気がする。
私がうなずくと、にやりと笑う。
「これを使いますとね、栗や芋の色が鮮やかになるんですよ。染料としても使われていたくらいですからねぇ。瑠璃さんのお母さんは結構こっているんですねぇ……。これは本当にいい色をだしますからねぇ。ああ、クチナシからは青色もとれるんですよ。醗酵すると青くなるとか。まあそれらからとった3色を組み合わせて様々な色を作ります。もちろんそれだけでなく、蓬や大豆、鶯豆に小豆といったものの色も和菓子を彩どるためには大切ですよね。まあ、ようは植物からとった色、素材そのものの色が主だということです」
葛桜を口にほおばり、鳳月さんは今にも黄泉の国へ旅立ってしまいそうな、幸せそうな表情を浮かべる。私も葛桜を口にいれる。つるんとした葛は水のようで、甘さ控えめのあんこは細かく砕いた氷のよう。見て涼しくなり、食べて涼しくなる。
洋菓子も綺麗だし、季節を表す菓子が全くないわけではないだろうが、どちらかというと洋菓子はどれもこれも一年中あるというイメージがある。色も鮮やかだけど、和菓子ほどバリエーションがあるかどうかはわからない。
「色は、季節の移り変わりを教えてくれる大切なものです。鮮やかな桃色と、濃い緑の桜葉の組み合わせである桜餅をみれば、ああもう桜の季節か、これから暖かくなるなと思い、小豆を透明感溢れる涼しげな色の葛で包んだ葛桜を見れば、熱くなった身体を冷やしてくれる水を思い、そしてああもうこんなに暑い季節になったのか、と思う。羊羹の中に入っている栗の、鮮やかな黄色を見れば、涼しく、様々な果物が豊かに実る秋を思う。兎の顔が描かれた饅頭の、穢れなき白を見れば、雪に隠れる兎を思い、雪の季節がやってきたことを感じる。そして、うぐいす餅の淡く優しいうぐいす色を見れば、ああもうそろそろ春が来るのだなぁと思って。季節の移り変わりを告げる菓子、季節の移り変わりを告げる色。なんと素晴らしい古きよき日本の風習」
湯飲みに入った、ほどよい熱さの緑茶を飲むと、心が不思議と落ち着く。
鳳月さんは、そんな私の様子をにこにこしながら見ている。その表情はとても優しいもので、いつものような不気味な印象を私に与えることはなかった。
「私、日本に生まれてきてよかったですよ。外国に生まれていたら、こんな素晴らしい風習を知らずに生きてきたでしょうから」
私は、今まで日本に生まれてきてよかったとか、そんなこと思ったことはないけれど、なるほど、こういう話を聞いていると確かに「日本に生まれてきてよかった」と思えてくるから不思議だ。
これからは、こうやってお菓子や色を通じて季節の移り変わりを感じる努力をしてみようかなと思う。まあ、そんなこといって結局実行しないのが私なのだが。
「秋になったら、秋の和菓子を御馳走しますよ。和菓子の形もそうですが、色の様子も大分変わってくることが、きっとわかると思います」
「それは嬉しいです。……ああ、もうこんな時間ですか」
ふと、腕時計の文字盤を見てみると、もう時刻は夜の6時を過ぎていた。あまり夜遅くまで居座っているのも悪いから、そろそろ帰らなくちゃ。
そう私が言うと、鳳月さんは別に遠慮しなくてもいいのに、と苦笑いした後に食べ残した和菓子は持ち帰っても結構ですよと言った。
「確か台所にタッパーがありましたから、是非それでお持ち帰り下さい。瑠璃さんの家はそう遠くないようですし、それでしたら菓子もどうにか持つでしょう。よろしければ、他の種類のお菓子も差し上げますよ」
「え、いいんですか?それでしたら遠慮なくいただこうかしら。……本当になんだか申し訳ないです。鳳月さん、これから夕飯でしょう?こんな遅くまでお邪魔してしまった上にお土産までいただいちゃって」
そう私がいうと、いいんですいいんですと鳳月さんはまたいつもの不気味な笑みを浮かべた。
「知り合いからたくさん頂いたものの、一人ではとうてい食べきれない量だったもので、実際困っていたのですよ。それに、もう夕飯は食べましたしね」
私は、は?と間抜けな声をあげた。鳳月さんが、夕飯らしきものを食べていた様子がなかったからだ。
「昼、食べ過ぎちゃったんですか?」
「いえ?そんなに食べていませんよ。今日の昼食はさきほどの金平糖のソーダ味でした」
……は?金平糖が昼食?何言ってるんだこの人は。
「夕飯……は?」
「はい?ああ、さきほど食べていた金平糖の苺味、あとはこの和菓子4つです」
鳳月さんは、何を聞くんだこの人はといわんばかりに首をかしげ、さも当然のことのように言った。
ちょっと待て。昼が金平糖で、夕飯も金平糖と和菓子ってどういうことだ。
「ちなみに、朝食は」
「朝食は、豆大福2つとスルメだったかな」
「……」
呆れてものもいえなかった。
「昨日の夕飯は水羊羹2つとお茶漬け、昼はドラ焼きとあんみつ、朝はカップラーメンでしたね」
「……っ」
否が応でも顔がひきつってしまう。何だそれは、どういう食生活してるんだ。
どういう神経しているんだ。
信じられない、信じられない……
私の中で何かが爆発した。世界の爆発、ビックバンのように。
「信じられない! 貴方一体どういう食生活送っているんですか!?」
私が立ち上がって、思いっきり怒鳴ったので鳳月さんは口をぽかんと開けて固まってしまった。私がなぜどなっているのか、さっぱり分からないという風だった。
目をぱちくりさせて、こっちを見ている。
「三食全部お菓子とか、カップラーメンとか! 鳳月さん、お金あるんでしょう!? だったらもっとちゃんとしたものを買って作って食べてください! ていうかよくそんな無茶苦茶な食生活で生きていられますね!」
私は鳳月さんに迫っていって、彼に反論する暇も与えずに口で責める。鳳月さんは心底困ったような顔をしている。
「そういわれましても……食事とか作るのって面倒ですし……それに今日はこのお菓子を夕飯にしたい気分でして」
「どんな気分ですか! 全く、毎日そんななんですか!」
「一昨日は、ローストビーフを作ってサラダの中に入れて、あとサンドイッチも作りましたね。コーンポタージュも一緒に作りましたね。一週間前は釜飯つくりました。気力があればちゃんとしたものも作りますよ、ふふっ」
と、自慢気にいう。ローストビーフとか面倒くさそうなものを作れる人が、何で。
「そんなものつくれるんだったら、毎日しっかりしたものを作って食べてください!」
「面倒くさいんですよ、もう本当に」
そういいながら鳳月さんは若鮎を頭からもぐもぐ食べていく。死んだような瞳は、料理なんて面倒くさくてやってれれねえよこんちくしょーといいたげなものだった。
その目をみているとますます腹が立ってくる。
「台所、貸してください」
「はい?」
「台所を貸してください!」
私は部屋をでて、廊下を渡っていく。ずんずんと廊下を真っ直ぐ進み、突き当りを左に曲がると、台所のある部屋が見えた。私は、他人様の冷蔵庫を開け、他人様の台所を使って、料理を作り始めた。
後から背を丸めてやってきた鳳月さんは、まな板やら包丁やらを勝手に使って調理を始めている私を、ただ呆然としながら見つめていた。
「信じられない、信じられない、信じられない! 一体どういう食生活しているのよ、てか何で私が鳳月さんのために料理作ってるの!? 別に鳳月さんがどういう食生活していても私には関係ないのに!」
私は、昔からとんでもないおせっかい焼きで世話好きな性格のようで、誰も頼んでいないのに人の世話をしていた。捨てられている猫を見れば放っておけず、食パンやミルクをこっそり持ち出してはお世話をしていた。
私の世話好きな性格……とうとう他人様のために食事を作るレベルにまでなってしまったとは、ああ我ながら情けないというかなんていうか。
そう思っていても、フライパンに入れた肉と野菜をかき回す手は止まらない。
結局私は、鳳月さんの家で自分の作った料理を鳳月さんと食べることになった。家に着いたのは夜8時のことだった。
もう、鳳月さんとは関わらないようにしよう。
家に帰り、薄暗い部屋にへたりと座り込んだ後、私はそう思った。
が、お土産に貰った水羊羹をみていると、不思議とそんな気持ちも失せていった。私の澱んだ心を、水羊羹の水が流していったようだ。
秋の和菓子、どんなものなのかな、秋が楽しみだな。
私は、そんなことを考えながら眠りについた。