かさねの色目




 あれから……花京院鳳月と出会ってから、今日でちょうど2週間がたった。
 本当は、すぐにでもお礼をしに行きたかったのが、仕事の都合やプライベートの用事が重なって、結局今日の今日まであの店へ行けずにいた。が、今日は仕事もスムーズに終わったので、店に寄る時間ができた。
 私は、鳳月さんに貸してもらった傘と和菓子屋で買った最中を手に、鳳月さんの店である「五色堂(ごしきどう、とよむらしい)」へと向かった。

 緩やかな坂をのぼりきると、すぐ左手に店が見えてきた。黒の瓦がぎらぎらと輝く様子は不気味だった。不気味といえば、鳳月さんも随分不気味な男である。肩を揺らして笑う様子を思い浮かべると、やっぱり行くのよそうかなあと一瞬考えてしまう。
 そもそも彼は私の事をちゃんと覚えているのだろうか。あの人は、あまり人付き合いとか好きじゃなさそうだし、人間に興味なんてなさそうだから、すっかり私のことなんて忘れているかもしれない。店に入ったら「いらっしゃいませ」と、まるで初めて会ったかのように言われるかもしれない。私が「この前雨が降ったとき、タオルと傘を貸してもらったのですが」と言っても、そんなことありましたっけ?と首を傾げるかもしれない。
 私は、ため息をついた。何だか足が重い。
 私は、重くなった足を無理矢理動かして、店の前までやってきた。
 鳳月さんはいるだろうか。ガラスの引き戸をガラガラと開けると、暖かな橙色の照明に照らされた店内が姿を現した。何かお香をたいているのか、花のいい匂いがする。青や赤、黄色や緑、様々な色の商品でいっぱいの空間は、やはり幻想的な雰囲気が漂っている。
 店の奥の方にある小さなカウンターに、背を丸めて本を読んでいる鳳月さんが坐っているのが見えた。読書に集中しているからなのか、鳳月さんは私が店に入ってきたことに気がついていない様子だった。
 私はそろそろと鳳月さんに近づき、鳳月さんが開いている本を覗き込んだ。どうやら小説らしいのだが、字が小さく細かいので、何が書いてあるかいまいち分からなかった。
 本を覗き込まれ、ようやく誰かが店に入ってきたことに気がついたのか、鳳月さんが顔をあげた。2週間前と全く変わらない、死んだような眼がそこにあった。鳳月さんは口を開けて笑った。私は昔見ていたアニメにでてきた、狂った科学者の男の笑顔を思い出し、思わず2、3歩後ろに下がってしまった。

 「こ、こんにちは」

 「いらっしゃいませ。どんな商品をお探しでしょうか?」
 ほら、やっぱり。私のことをすっかり忘れている。覚えていたら「ああ、どうも」とか「久しぶりですね」とか言うはずだ。予想通りの展開。私は、ため息をついた。鳳月さんは、何故私がため息をついているのかよく分からないようで、きょとんとした顔で私を見ている。

 「覚えていらっしゃらないんですか?私、二週間前の雨の日に、鳳月さんにタオルと傘を貸してもらった者なんですけど」
 そういって私は、鳳月さんから貸してもらった深緋色の傘を持ち上げて、鳳月さんに見せた。鳳月さんはああ、といってぽんと手を叩いた。

 「その傘、貴方に貸していたのですね。いやあ、三日前ふと気がついたらその傘が無くなっていることに気がついて、はてどこにいったものかと家中探し回ったのですが、ぜんぜん見つからず、どうしたのだろうとずっと考えていたのですよ」
 傘を貸したことすら忘れていたらしい。本当にたいした人だ。

 「それで、あなたの名前は何でしょう? まだ確か聞いてなかったですよね」
 この野郎、首絞めたろか。私の中に一瞬だけ芽生えた殺意。鳳月さんは、私が抱いた殺意にも気づかず、へらへらと笑っている。

 「この前お会いした時、ちゃんと名乗りましたが」

 「あれ? そうでしたっけ? 思い出せない……えっと、ヒントお願いしてよろしいでしょうか? ヒントを聞くと大抵私は問題の答えが分かるんです、これ、自慢です」
 ……私はクイズ大会を開くためにこの店にきたわけではないのだが。なんだ、あれか。私が今手に持っている最中の入った袋はクイズ大会の景品か。
 
 「……ラピスラズリ」
 そうぼそっとつぶやくと、鳳月さんはぽんと手を叩き、細く骨張った指で私を指した。

 「瑠璃。瑠璃さんですね……! そういえばつい最近瑠璃色とか、色についてベラベラ誰かに喋りましたねえ。そうだ、そうですよね、やっと思い出しましたよ」
 鳳月さんは、やっと私のことを思い出したらしい。その後、何故か腹を抱え、肩を震わせて、くーくっくっくと小さな声で笑い出す。

 「な、何がおかしいんですか」
 
 「ぃ……いえいえ、名前を一発で当てることができたのが嬉しくて……くくく……やはりヒントを貰うと簡単に正解できますねぇ……くくくっ」
 ヒントというより、ほとんど答えだったんだけど。私は心の中でそんなことを思った。

 「あの、とりあえずこれ、先日のお礼です。最中なんですけど」
 私は、ぶっきらぼうに最中の入った紙袋を、まだ笑っている鳳月さんの顔の前へと突き出した。
 鳳月さんは笑うのをやめ、その紙袋を見た。

 「お礼なんて、そんな、悪いですよ。……ついさっきまで忘れていたようなことなんですよ?」
 一応遠慮という言葉は知っているらしい。しかし、せっかく買ったのだから貰って欲しい。……家まで持って帰るのも面倒だし。

 「いいんです、受けとってください」
 私は、半ば無理矢理鳳月さんに紙袋を押しつけた。鳳月さんは困ったような表情を浮かべていたが、やがて観念したのかその紙袋を手にもった。

 「そこまでいうのでしたら……ありがとうございます。いやあ、悪いですねえ……大したことなんてしてないのに」

 「いえ、かなり助かりました。この傘もお返しします」
 そういって、鳳月さんに深緋色の蛇の目傘を返す。鳳月さんはそれを受け取って、壁にたてかけた。
 私は、鳳月さんに軽くお辞儀をして、カウンターの前から離れた。せっかくだから、店の中を見てまわろうと思ったのだ。
 
 私は、店の中をゆっくりと歩きながら、棚に並べられている商品をじっくりと見た。どの商品も、色のバリエーションが豊富だ。
 蝋燭だけでも数十種類の色が用意されている(実際はもっとあるらしいのだが、それ全部を並べられるほど広い店じゃないので、ほんの一部のみ置いているらしい。他に欲しい色がある場合は鳳月さんに言えば、倉庫から取り出すなり取り寄せるなりしてくれるらしい。ちなみに、どんな色があるのかは入口を入ってすぐ左側にある色見本小冊子を参考にすればいいようだ)。私は、青色が好きなので、青系の蝋燭ばかりを見つめていた。蝋燭の下には黒字でその蝋燭が何色なのか書いてある。気に入った色があったので買おうと思ったが、結構大きいし、蝋燭なんて使う機会もまずないので、買うのはやめた。
 蝋燭の次は、ガラスの置物を見てまわる。濃い緑色の龍、白や黒、青の兎。無色透明のお姫様、卵の黄身のような色をした猫。十二支セット、花の形のガラス細工。どれもキラキラと、日の光を受けた水面のように輝いている。その上には、食器が並んでいる。青や緑のガラスのコップや皿、青い模様や赤い模様の入った皿やティーカップ、金・銀のスプーン。
 色鉛筆も、絵の具も、50色以上ある。これでもまだほんの一部だというから驚きだ。私は無造作に二種類の色鉛筆を手に取った。見た感じ同じ色にしか見えないのだが、それぞれ別の名前がついている。昔の人はこんな微妙な色の違いをも識別できたのだろうか。
 色鉛筆と絵の具の並んでいるところの下には、和紙や折り紙が並んでいる。こちらも、みたことのない種類の色がたくさんあった。赤・青・黄色・緑・黒・白・銀・金だけでなく、空色や茜色、くちなし色、若菜色、躑躅色など、あまり他の店では見ないような色の折り紙や和紙がある。
 その他に、裏表で違う色になっている和紙があった。表にも裏にも模様はない。こちらも種類が豊富で、様々な色の組み合わせがある。その和紙は5枚で1セットとなっていて、折り紙セットのようにビニールで包装されている。

 「へえ、これ面白い」
 表と裏がそれぞれ違う色の紙というのもなかなか面白い。私は、表が白で裏が蘇芳色になっている和紙のセットを手に取った。その和紙を包装しているビニールには大きな文字で『梅の衣』と書かれていた。表が黄色で裏が薄青(うすきあお)のものには『残乃菊(のこりのきく)』表が紅梅、裏が薄紅梅で『紅梅匂(こうばいにおい)』とそれぞれ、しゃれた名前がかかれていた。色の名前ではないとは思うけど……。

 「これ、何の名前かしら?」

 「かさねの色目の名前ですよ」
 
 「ひいっ」
 いつの間にか私に背後に鳳月さんがたっていた。私はすっかりここの店の主である鳳月さんの存在を忘れていた。だから、声をかけられて驚いた。
 鳳月さんは、私の間抜けな悲鳴をきいて少しだけびくっとした。

 「そんなに驚かなくてもよろしいのに」

 「ごめんなさい、いきなりだったもので……」

 「はは、申し訳ない」
 あまり申し訳ないと思ってなさそうな顔で、鳳月さんが言った。私は、口から飛び出そうになった心臓をどうにかこうにか元の位置へ戻した。

 「あの……ところで、襲の色目ってなんでしょう」
 そう尋ねると、鳳月さんがにやりと笑った。何故そこで笑う必要があるのか。

 「瑠璃さんは、十二単はご存知ですよねぇ?」

 「十二単?ああ、もちろん知ってますよ。平安貴族の女性が着ているあれですよね」
 瑠璃は、学校の教科書にのっていた十二単を着た女性が描かれている絵を思い浮かべた。
 
 「ええ、それです。まあ、こんなの小学生でも分かりますよねぇ」
 なんだか、ものすごく馬鹿にされている気がする。まあ、ただ誰でも分かるようなことであることは確かだ。……小学生が知っているかどうかは別として。
 
 「一般的には十二単と呼ばれていますが、平安時代にはそのような呼称はなかったらしいですよ。平安時代は、それぞれ単品名で呼んでいたらしいですよ。唐衣とか、裳とか。文献に十二単という言葉が初めて登場したのは『源平盛衰記』という書物らしいです。まあようするに、文献に十二単という言葉が登場したのは鎌倉時代からということになりますね。ああ、あと十二単とはいいますが、必ず12枚着るというわけではなかったらしいですね」

 「へぇ……」
 へえ、としかいいようがない。
 鳳月さんは、ニヤリと笑うと店の奥へと消えていった。また何かをとりにいったらしい。私は、かさねの色目の名前をつけたらしい和紙をまじまじと見つめていた。随分と色々な種類がある。女郎花、白菊、紫苑、朽葉、松の雪……みたかんじ、植物の名前が多い。包装紙には「五色堂オリジナル」と書かれている。どうやらここでしか売っていないらしい。
 五分ほどたって、鳳月さんが戻ってきた。腕に本を抱えている。ニヤニヤ笑い、背を丸めながら歩くその様子は、長年実験と研究を重ねているうちに頭がおかしくなった科学者のようだった。それにしても本当に顔が青い。この人本当は死人なんじゃないかと思う。

 「いやぁ、お待たせいたしました。……ええと、かさねの色目のお話ですよね」

 「ええ、そうです」

 「い・ろ・め、色目、重ねのい〜ろめ〜、そんな色目を使ってゆ〜うわくしても〜なにもでないわよ〜っと」
 すぐ右横にあった長テーブルの上に本を置き、ページをペラペラめくりながら何やらわけの分からない歌を歌い始めている。いや、歌というよりは黒魔術の呪文に聞こえてくる。

 「十二単を構成する着物の一つに袿というものがあります。五衣(いつつぎぬ)とも呼ばれていて、これを上下に重ねることによって服装にアクセントを加えるのです」
 そういって鳳月さんは、開いたページにのっている、十二単を着た女性を指差す。そこには、どれが何と呼ばれているのかが詳しく書いてある。鳳月さんが指差したのは、表衣や唐衣の下にある、赤や橙の衣が何枚か重なっているところだった。

 「これと、かさねの色目が関係するんですか?」

 「ええ。……平安貴族の女性達は、どうやら季節ごとに重ねる袿の色の組み合わせを変えていたようです。その組み合わせには規則性があり、色の組み合わせ一つ一つに名前がつけられました。それが、かさねの色目です。これは、襲うという字を書いて襲の色目と呼ばれました。かさねの色目にはこの他にもう一種類あり、それは重ねるという字を書いて重ねの色目と呼ばれています。こちらは、衣の表地と裏地の色の組み合わせですね。表地を透かして裏地の色目がうっすらとみえる様子はなかなか美しいものです。そちらの和紙の色目の名前は、こちらの重ねの色目のほうの名前ですね」
 私は、今手に持っている和紙を見た。それは、表も裏も紅で「唐撫子」とかかれていた。

 「昔の女性は、これらの色目で、その季節に咲く花や風景を表現していたんねぇ……。素晴らしいとは思いませんか?昔の方々は本当に季節の移り変わりを大切にしていたのですねぇ。衣の色目をその季節のものに変えるたびに、ああもうこの季節になったのか、と思っていたのではないのでしょうか。まあ、私達が衣替えをするたびに、もうこんな季節か、って思うのと同じですよね」

 「ふむふむ」
 確かに素敵だなと思う。花や植物をモチーフに、色々と色を組み合わせるなんて、なかなかしゃれている。しかも、その組み合わせに一つ一つに名前を与えるとは。そういうところが昔の日本らしいなと思う。季節の移り変わりを大切にし、花や植物の色を慈しむ心。今の私達にはほとんど残っていない、尊い心。

 「色の組み合わせを花や植物に例えるなんて、ああ、素敵だ……一度平安時代にタイムスリップしてみたいなぁ」
 鳳月さんがうっとりとした表情を浮かべる。この人の場合本当にタイムスリップしかねない。それでもって、永遠に現代に帰ってこないのだ。

 「あ、そうだ。一つ物語を聞かせて差し上げましょう」
 そういって、鳳月さんは一つの物語を語り始めた(以下は私の創作の物語です)

これは平安時代の物語です。
 とある貴族の屋敷に、一人の娘がいました。娘は美しく、また教養のある娘だと周囲で噂になっていたそうです。実際、娘はとても美しく、またかしこい娘だったそうですよ。
 まあ、そういう噂の耐えない娘でしたからね、男達はまだ見ぬ娘の顔を想像ながら、必死になって恋文を送ったそうです。しかし、娘から色よい返事が返ってくることはなかったそうです。
 ある日の事、一人の男が娘の噂を聞きつけて、娘に恋文を送りました。その男は容姿端麗、頭脳明晰、将来有望、女性にもてもての……まあ、少女漫画にでてくる典型的なモテ男だったそうです。
 その恋文はまず屋敷にいる女房達によって厳しくチェックされました。男はそれなりの身分で、娘に送った文の紙の質はとてもいいもので、字も上手くて歌も女心をくすぐるような素晴らしい歌だったそうです。
 とりあえず、はじめの数回は無視し、やがて娘についている女房が代筆をして男に返事をだすようになりました。するとまた男から文が届く。どれも素晴らしいもので、娘のかわりに文を読んでいた女房達は感心したらしいです。
 やがて、男から何度も届く文に娘も心動かされたのか、今度は娘自らが筆をとり男と文のやり取りをするようになりました。

 そして男は娘と会うことを許され、娘のいる屋敷を訪れます。
 そして娘はひと目で男のことが好きになります。まあいわゆる一目ぼれ、ですね、その日から娘はもうその男に夢中になって、一日中男の事を考えていたそうです。他の女とのお喋りにも身が入らず、男が訪ねてこなかった日はため息をつき、涙を流しながら寂しい夜を過ごし、逆に男が訪ねてきた日は男に「そんなにはしゃいでみっともない」と言われてしまうくらいはしゃいだそうです。
 娘は今が一番幸せで、あまりにも幸せすぎて死んでしまいそうだとよく言っていたそうです。まあ、典型的な恋する乙女という奴ですよね。瑠璃さんも恋するとこうなるんですか?え、まだ恋などしたことがない?意外ですねえ……瑠璃さんなら恋の一つ二つくらいしていると思っていたのですが。
 ああ、話を先に進めましょう。

 まあ、幸せな時間というものは長くは続かないもの。男が娘のもとへとやってくる回数が少しずつ少なくなってきたのです。まあ、男には他にもたくさんの恋人がいましてねぇ……ついでにいうと、まあなんというか……飽きちゃったんでしょうね、その娘に。男の態度は日に日に素っ気無いものへとなっていきました。娘はどうにかして男の心を取り戻そうと、恋の歌を詠んでは男に差し上げましたが、あまり男からいい返事は帰ってきませんでした。

 ある日……真っ白な雪が屋敷や庭を覆いつくす、寒さ厳しい頃、男が娘のもとにやってきました。随分と久しぶりの訪問で、娘はたいそう喜んだそうです。
 男と娘は夜遅くまで語り合いました。
 そして、あっという間にお別れの時間はやってきました。
 男は去り際に、寂しそうな表情を浮べる娘にこういいました。

 「私は、しばらく君と会うことができない。けれど、春になったらまた君のもとへいくよ」

 娘はその男の言葉を信じ、雪が解けて春がくるのをずっと待ち続けていました。まあ、男は適当に言っただけなんでしょうけどね。娘は待ち続けました。男にとって女は何人もいるものだったけれど、娘にって男は彼ただ一人だったから。
 待って待って待って、待ち続けて……。

 しかし、あるひのこと……冬も終わり、もうあと少しで春になろうという頃。娘は突然倒れ、そのまま息を引き取ったそうです。本当に、いきなりのことで周りの人達は驚きを隠せずにいました。
 しかし、その後周囲の人達を更に驚かせる事件がおきたのです。

 娘が着ていた十二単の色が、皆の見ている前で変わったのです。
 元々娘の着ていた十二単の重ねの色目は「苔」という名のもので、表が濃香(茶色っぽい色)で裏が二藍色でした。これは、冬の色目です。まあ、まだその頃春は着ていなかったのですから、当然でしょう。

 ところが、皆の目の前で着物の布の色は、表が蘇芳色に、裏が薄紅色に変わって言ったのです。少しずつ少しずつ、どちらかというと地味だった色が鮮やかな色に変わっていく……。

 その布の色目の名前は「紅躑躅(くれないつつじ)」。……春の色目です。
 
 春にまたやってくるといった男を待ち続け、春が来ることを心待ちにしていた娘の、哀れな最期でした。
 自らが着ていた着物の色を変えてしまうくらい、彼女は男の事を愛し、そしてその男が再び自分のもとにやってくるという春がくるのを楽しみにしていたのですね。

 これで、話は終わりです。男がその後どうなったという話は聞きませんね。まあ、男からすれば数いる女のうちの一人が亡くなってもどうってことはなかったでしょう。最初は悲しんだかもしれませんが、どうせすぐその女のことを忘れて、新しい女を次々と作り続けて、うはうはやっていたんじゃないでしょうかね。

 「悲しいお話ですね」
 まだ一度も恋などしたことのない私には(いや、まあ正確にいえば昔一緒の幼稚園にいた男の子のことを好きだとかなんとかいっていた気もするが、あんなのカウントしなくてもいいだろう)、来ない男のことを想い続ける娘の気持ちはいまいちよく分からないが、でも、きっと悲しかっただろうなとは思う。
 結局娘は男と会うことなく死んでしまったのだ。さぞかし無念だったろう。

 「まあ、悲しくも綺麗な話には聞こえますがね。私にはよく分かりませんねぇ……恋する人の気持ちなど」
 そういう鳳月さんの表情は、どこか悲しそうだった。本当にこの人は恋する人の気持ちなど分からないのだろうか。いや、案外昔すごく綺麗な人に恋して「貴方みたいな気味悪い人嫌い」とかなんとか言われて振られた経験があったのかもしれない。あったら面白いなあ、というのはちょっと失礼だろうか。でも、気になる。なんとなく。

 「恋をすればそういう気持ちも分かるようになるんじゃないですか。いっそ、してみたらどうです、恋」
 そう私が言うと、鳳月さんがにやりと笑った。例の不気味な笑みである。何かを企んでいるような笑みだ。

「なるほど、確かにそうですね。してみましょうか、恋。……というわけで、瑠璃さん、是非私の恋の相手になってください」

「そ、それどういうことですかっ」
 私は、鳳月さんの想像を絶するトンデモ発言に動揺した。やばい、顔が熱い。ちょっとまてこれはどういうことだ。いきなり恋の相手になってくださいって。告白なのか、告白なのかこれは。いや、まさかそんなはずはない。
 私がわたわたしていると、鳳月さんがくっくと肩を揺らして笑い始めた。よほど可笑しいのか、腹を抱えている。笑い声もいつもよりも心なしか大きく聞こえた。

 「なにもそんなに慌てなくても……くくくっ、冗談ですよ、冗談……。本気にしないでくださ……くく……いくら私でもその場のノリで恋人になってくださいだなんていいませんよ……それにしても、すごい反応でしたね、くく……ひひひ……うく……顔真っ赤ですよ……ぷぷ……」
 私は、体内の血がまたたく間に沸騰していくのが分かった。恥ずかしさのあまりではない。怒りのためである。
 もし殺人がこの世で許されていることならば、私は目の前で馬鹿笑いしている鳳月さんの首を絞めていたことだろう。よかったね、鳳月さん。人殺しが犯罪であるお陰で命拾いしましたよ。ちくしょう。

 「そこまで笑うことないじゃないですか!最低、本当に最低!やっぱりお礼にくるんじゃなかった!!」
 私は、今まで出したどの声よりも大きな声で、そう叫ぶのだった。

 その後、鳳月さんは1時間かけて、私の機嫌をとる羽目になってしまったのだった。


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宿題のもの第二弾
かさねの色目がイマイチわからないままかいてしまった…
鳳月さんをもっと変な人に書きたいー……