五色堂〜出会い〜




私が、五色堂(ごしきどう)店主・花京院鳳月(かきょういん ほうげつ)と出会ったのは、6月半ばのある雨の日のことだった。

 『始まりの話:五色堂』
 朝は、晴れていたのだ。空は見ているだけで心癒されるような、爽やかな水色だったし、うんざりするほどあつい太陽は青空の中央を陣取って、誇らしげに輝いていた。                                            
 ここ一週間位は、空は大量の鼠に占拠されたような色で、太陽はどす黒い雲の向こうに隠れていて、ひっきりなしに雨が降っていた。どうせ明日も雨が降るだろう、ああいやだ憂鬱だ。洗濯物はまた室内で干すことになる。そうすると、部屋の中がなんともいえない異様な臭いに包まれる。私は、あの臭いが大嫌いだ。あの臭いがするだけで、気分はブルー。全身から力が抜けて、何もしたくなくなるのだ。
 そんな私にとって、朝見た空と太陽の光は、どんな宝石より美しく輝いて見えた。ああ、やっと洗濯物を思い切って外に干すことが出来る。これであの異様な臭いともおさらばだ……私はそう思った。
 いつもは面倒くさいと思いながらやっている洗濯物を干す作業も、鼻歌を歌いながら、実に楽しくやることができた。あのどす黒い雲が私の視界から消えただけで、嘘みたいに気分がすっきりする。
 私は、他人の運命を「もうそれしかない、そうなる以外ない」と決めつけながら喋る、胡散臭い占い師のおばちゃんのように、今日は一日中晴れるだろう、そうに違いないと天気予報も見ずに勝手に決めつけた。そして、傘を持たずに会社へと向かった。
 だが、私の予想は大きく外れてしまった。
 朝はまだ晴れていた。が、午後になると少しずつ空はその様子を変えていった。水色の空に、少しずつ黒いインクが垂らされていき、その黒は徐々に水色と混ざっていき、あっという間に空は灰色になってしまった。黒と水色と白が混じった空は、雲は、玉座に座り、ふんぞり返っていた太陽に牙を向け、太陽から名誉も地位も誇りも全て奪い去った。
 そんな天気だったが、私が会社をでるまでは雨は降らなかった。私は、ああこれなら私が家に帰るまでもつかな、でも家に帰ったらすぐに洗濯物を家の中にいれないと、と思いつつ、ややいつもよりも歩くスピードを速めて家へと向かった。
 しかし、私の予想はまた大きく外れた。会社をでて10分ほど経った時のことだ。
 ポツリ、ポツリとどんよりとした空から雨粒が落ちてきた。ポツリ、ポツリはやがてポッポッポッポッと音を変え、そして3分もたたないうちにザザザザザーという音に変わった。早い話が、本格的に雨が降ってきたのだ。私は心の中で絶叫しながら、大急ぎで走った。際限なく降り続ける恵みの雨が、呪いの雨となって私を襲う。ああ、もう最悪だ。水を含んだブラウスが、スラックスが身体にべったりと張り付いている。パンプスの中はもう水浸しで、走るたびにびちゃびちゃといやな音をたてる。
 家まで一気に走って帰りたかったが、生憎私は歩いて二十五分ほどの距離を、一度も休まずに走りきれるほどの体力を持っていなかった。一度、どこかで雨宿りをして身体を休めなければいけなかった。
 確か、この道を真っ直ぐ行ったところにお店があったはずだ。そこで少しだけ雨宿りをしよう。私はそう心の中で決めた。
 水にぬれて黒くなったコンクリートの道路を走り、みずたまりをいくつも踏み、顔に張り付いて視界を私から奪い去るショートカットの髪の毛を手で払い、確実に落ちてきている化粧が顔を汚していないか気にしながら、私は走った。
 やがて、私が雨宿りをしようと決めた店が、緩やかな坂を上った先、自分から見て左側に見えた。
 空き地と二階建ての住宅の間に、その店はあった。その店の軒下に逃げ込めば、雨からこの体を守ることが出来る。私は、最後の力を振り絞って(こんなことに力を振り絞るというのもなんだが)坂をのぼりきり、その店の軒下に滑り込んだ。
 私は、その店の軒下に逃げ込むと、荒い息を整えた。とりあえず雨の脅威から逃げ出すことができた。でもずっとここにいるわけにはいかない。雨がやめばいいのだが、恐らくこの様子だと当分やまないだろう。雨がやむまで待っていられない。一刻も早く家に帰ってシャワーを浴びて、洗濯物をとりこみたかった。
 私は、やみそうもない雨を、冷たくなった体をぶるぶる震わせながらじいっと見つめていた。
 さて、そんな私が今雨やどりに使っている店の説明をするとしよう。……いや、説明するほど私も詳しくはないのだが。
 私が雨やどりしている店の名は五色堂という。五色堂とかいて「ごしきどう」と読むらしい。だが、ほとんどの人は「ごしょくどう」と読んでしまう。私だって、つい最近までこの店のことを「ごしょくどう」と読んでいた。店の前の戸に「店の名前はごしきどうです。御願いですからごしょくどう、ごしょくどうと誤植をする店のようにいわないでください。※ギャグのつもりでいっているわけではありません」というなんともみょうちくりんな文の書かれた張り紙がしてあったのをみて、ようやくこの店の正式な名前が「ごしきどう」であることに気がついたのだ。
 この店が、いつ頃できたのか私は知らない。見た感じ、そこそこ古い店には違いないのだが……。木造の建物で、屋根には烏の羽のように黒く古い瓦がびっしりと敷き詰められ、屋根の両端で色あせた金のしゃちほこがふんぞりかえっていた。出入り口であるガラス戸の真上には滑らかな曲線をいくつも描いた、光沢のある巨大な木の板があり、その板をめいっぱい使って『五色堂』と書かれている。その字が上手いか下手かは、書道の心得など皆無である私には分からなかったが、とりあえず読みにくい字であることに違いは無かった。
 何を売っている店なのかもよく知らない。話によれば、蝋燭とか和紙とかコップとか、用途の分からない謎の物体とかいった生活用品諸々を売っているらしい。店の中はとても幻想的で、なかなか綺麗らしい。しかし、店主がかなりの変人で気味悪い人のため、とても入りづらいらしい。
 まあ、この店が何を売っていようが私には関係ない。私にとってこの店はただの雨やどりの場所にすぎないのだから。ああ、それにしても早く止まないだろうか、この雨。やはりやまないだろうか。またこの雨の中、飛び出さなくてはいけないのだろうか。母や彼氏でもいれば、迎えを頼むことが出来たのだが、母は隣の町に住んでいるし、彼氏は真に残念ながらいないため、誰にも迎えを頼むことが出来ない。
 憂鬱だ。ああ、もう寒い。いくら季節は夏とはいえ、服も身体も濡れた状態はきつい。早くシャワー浴びたいなあ、もう。
 そろそろ意を決して軒下から飛び出そうと思っていたときのことだ。
 ガラリ、と私が背を向けていた雲りガラスの戸が開いて、誰かが出て来た。私はドキッとして後ろを振り向いた。

 「雨、酷いですねぇ。雨宿り、ですか」
 私の真後ろに、一人の男が立っていた。どうやら、この店の「変で気味の悪い」主らしい。なるほど、気味の悪い店主か。私はその男の姿を見て納得した。男は確かに君が悪かった。
 歳は、よく分からない。自分と大して変わらないようにもみえるし、10以上年上のきもする。20代半ばから30代半ばにかけてくらいの歳だろうか。随分痩せていて、頬は痩せこけ、首は今にも折れそうなくらい細い。ギラギラと輝いた、烏の体のように黒い髪の毛を肩ほどまで伸ばしていて、それを下で束ねている。死んだような眼、眼の下にはうっすらとくまができている。小さな銀縁の丸眼鏡はやや曇っている。背はそこそこ高いだろうが、酷い猫背のために随分小さく見える。肌は、白雪姫のような白い肌を通り越して、死人(もしくは幽霊)のような青い色をしている。ほとんど日に当たっていないのだろう。人間、ここまで青くなるものなのか、と少し感心してしまう。抹茶色の着物に、小豆色の帯。そしてその上から、妙に白い着物を羽織っている。その白い着物は余分だと思った。これではまるで、抹茶アイスの上に小豆をちりばめ、さらに上からたっぷりと練乳をかけた菓子のようではないか。しかし、本当に気味の悪い男だ。それでいて、何故か醜男に見えない。よく見ると、目鼻立ちは綺麗に整っている。案外昔は美男子だったのかもしれない。
 男は、私の隣に立ち、じっと雨降る空を見上げていた。

 「いやあ、今日の朝は晴れていたのですがねぇ。これはしばらくやみそうにもありません」
 やや覇気のない声だ。

 「すみません……ここ、入り口でしたね」

 「別に構いませんよ。どうせ客なんて滅多に来ないですしねえ」
 自虐的な言葉を吐きながら、男はにやりと笑う。気味が悪い、まじで怖い。この男に「お菓子あげるからついておいで」といわれても誰もついていかない。きっと大泣きして逃げるに違いなかった。私だったら逃げる。ああ、早くここからでてしまおう。

 「ごめんなさい、さっさとでていきますね」
 私は、ざあざあ音をたてながら降り続ける雨の中へ、再び飛び出そうとした。すると、男が私の右手をぐいっとつかんだ。私は後ろに引っ張られた。細くて冷たい腕だが、力は意外とあるらしい。

 「まあまあ、そう慌てずに。……タオルと傘くらいなら貸して差し上げますから、少し店の中にお入りなさい」
 そういって、男は背を向けていた戸を開けて店の中へと入っていった。私は、もし下手に入って変なことをされたらどうしようと不安になったが、どうにかなるかとのんきなことを考えて、男に続いて店の中へと入っていった。

 店の中は、円柱型の暖かな橙色の明かりを放つ照明で照らされていた。入り口を入ると、すぐ右側に2つ、左側の横長のスペースに9個ほど濃い茶色の棚がある。左側のスペースの中央には細長いテーブルが置かれている。その棚、テーブルには様々な商品が置いてあった。
 蝋燭、紙、パワーストーン、食器、絵の具、色鉛筆、置物、香水、髪飾り……あと、用途不明の物体。それらの商品がびっしりと並べられていた。
 色のバリエーションが豊富で、蝋燭一つでも実に様々な色が用意されている。同じ赤でも、薄い赤、濃い赤、茶色っぽい赤、紫っぽい赤……赤系だけで一体何種類あるのだろう。他にも青、緑、黄色……様々な色がある。蝋燭以外の商品も同じだ。青や赤のガラス細工は照明を受けてキラキラと宝石のように輝き、ガラスの深皿に入れられた水晶、ラピスラズリ、タイガーアイ、オパール、トルコ石などのパワーストーンが神秘的な光を発している。青やピンクのドレスを着た人形の瞳が怪しく光る。
 確かに幻想的な光景が広がっている。色と光の織り成す、幻想的な空間。
 入り口正面には、茶色のカウンターがある。更にその奥、一段あがった所に畳敷きの部屋が見える。恐らく店主である男の部屋なのだろう。どうやら、正面からは見えないが、部屋はまだ他にもあるようだ。
 店に入ってから約五分後、奥へと消えていった男が戻ってきた。男の右腕にはバスタオルがかけられ、左手にはマグカップが握られていた。

 「これで、軽く髪の毛と服を拭いてください。本当はドライヤーを貸すなり、シャワーを貸すなりしたほうがよいのでしょうが……生憎ドライヤーはこの家にはありませんし、初対面の、全く信用できない男の家でシャワーなんて浴びたくないでしょう……。一応、ホットミルクを用意したので、是非飲んでください……あ、変な薬は入っていませんよ……ただ賞味期限が一昨日なので、品質にやや問題があるかもしれないですが……」
 死んだような目で私を見ながら、男はにやりと笑い、バスタオルを渡す。ホットミルクの入ったマグカップは、テーブルの上におかれた。

 「有難うございます……」
 私は、やや困惑しながらバスタオルを受け取った。バスタオルとホットミルクはありがたいが、素直に喜べない。ここまで親切にされると、逆に怖い。

 「ああ、申し遅れました」
 私に背を向け、カウンターのほうへと向かっていた男が、突然くるりと振りかえった。不気味な笑みが急に視界にはいってきたので、私はおもわずひっと声をあげてしまった。

 「私、ここ五色堂の主人、花京院鳳月(かきょういん ほうげつ)と申します。お花の花、京都の京、伝説の鳥の鳳凰の鳳に満月の月という字を書きます。まあ、今後会うことももうないでしょうが、よろしく御願いしますねぇ」
 見た目とは大違いの、立派な名前だ。何がおかしいのか、男はくっくっくと肩を揺らして笑っている。やばい、かなり気味が悪い。

 「……田村瑠璃、といいます。瑠璃は漢字で、瑠璃です」
 ああ、しまった。つい名前を言ってしまった。なんでこんな訳の分からない人に名前なんて教えてしまったのだろう。私は後悔した、心の底から。逃げたい、一刻も早く逃げたい。でもバスタオルで髪と服を軽く拭きたい。

 「瑠璃。良い名前ではありませんか!」
 突然、男……鳳月さんの表情が明るくなった。……明るくなっても死んだような顔だが。

 「瑠璃、瑠璃色。法華経では金・銀・瑪瑙・シャコ・真珠・マイ瑰と並んで、七宝の一つとされた宝石……瑠璃に似た色。瑠璃色は、深みのある、やや紫がかった青色をしています。瑠璃……ラピスラズリを粉末にした顔料は、どちらかというと群青色で、瑠璃色とはまた違うようですね。瑠璃色というのはあくまで瑠璃そのものの色だそうですよ」
 鳳月さんは、スラスラとそういって、また店の奥へと消えていく。そして、五分ほどしてまた戻ってきた。鳳月さんは白い本を抱えていた。
 
 「これが、瑠璃色です。貴方の名前の色ですよ」
 鳳月さんが本を開くと、様々な種類の青が目に飛び込んできた。それぞれの色のしたには、小さな文字で色の名前が書いてある。
 鳳月さんは骨ばった指で、一つの色を指差した。確かに、やや紫がかった濃い目の青だ。私はラピスラズリの色を思い浮かべた。確かにこんな色だったような、違うような。

 「それでこれが、群青色です」
 その後指差した色は、瑠璃色に比べて紫味が強い気がする。同じ青系なのに、ここまで違うものなのか、と思った。

 「色一つ一つにしっかり名前がついているんですね。私、瑠璃色や群青色をさされて『これは何色ですか?』って聞かれたら、どっちも青色ですって答えるだろうなあ」
 私は頭にバスタオルをかぶせながら、じっと本を埋め尽くす様々な青を見つめていた。ぱっと見て違いが分からないような色でも、ちゃんとそれぞれに名前がついている。縹色、浅葱色、空色、藍色、天色、露草色、紺碧、杜若……名前は知っているものの、具体的にどんな色なのか分からない色、名前すら知らなかった色、読めない漢字の色。
 私が自分の話にのってくれたのが余程嬉しいのか、鳳月さんは私のすぐ隣で肩を思いっきり揺らして笑っている。くっくっく……いっひっひって。やめて、本当、気味が悪い。鳥肌たつ。

 「ええ、そうですよ。色にはそれぞれ名前があります。特に日本人は細かな色の違いも識別して、それぞれに名前をつけました。今はすっかり忘れられてしまった色がいくつもあります。今の日本人は、色の種類なんて数十種類くらいしかないと思っているのではないでしょうか。実際は400以上もあるというのに。縹色も露草色もうす藍も天色も、今の日本人からすれば全部青色。どれだけ違いがあっても、全部青」

 「……鳳月さんは、色がお好きなんですか」

 「好きですよ。特に昔の日本人の色の文化が。まあ、そんなに詳しいものでもないですが……」
 鳳月さんは苦笑いしながら本を閉じた。

 「時間の経過と共に生まれて、そして人知れず死んでいく色……ああ、こんな悲しいことがあるだろうか。我が子がお嫁さんに行ってしまうことよりも悲しいことです」

 「え、鳳月さん既婚者なんですか? お子さんもいるんですか?」

 「いえ?……私なんかについてくる女の人がいると思いますか?」
 思いません。危うく私はそう即答しそうになって、慌てて口をつぐんだ。

 「私は色と共に生き、色と共に死ぬつもりです。闇に生まれ闇に生きる忍びみたいで、なんだかかっこいいですねえ、くくくっ」
 また笑い出した。一体何がおかしいのかさっぱりわからない。私はバスタオルで髪の毛を拭きながら延々と笑い続けている鳳月さんを見た。彼は、私に話しかかけているのか、それともただ独り言を言っているだけなのか、よく分からなかった。
 私は、テーブルの上においてあったマグカップをとり、まだ暖かいホットミルクを口に入れた。賞味期限が若干切れた牛乳らしいが、まあ多分大丈夫だろう。少なくとも変な味はしなかった。一口飲むたびに体がぽかぽかと温まった。
 私は、髪と服を軽く拭いたバスタオルをまだくっくっくと笑っている鳳月さんに差し出した。

 「あ、あの……バスタオルありがとうございました」

 「え、ああ。そういえば貸したんでしたっけねぇ……本当に申し訳ないですねえ、これくらいしかできなくて」

 「いえ、これだけでも十分です。ホットミルクのおかげで体も温まりましたし。本当に、有難うございました」

 「それはよかったです。……傘を貸しましょう。それを使って帰ってください。ここにずっといてもしょうがないでしょう」
 そういって鳳月はまた店の奥へ消え、そして姿を現した。今度は右手に、赤色の蛇の目傘をもっていた。

 「結構派手な色ですけど……もしよければ使ってください。返さなくてもいいですよ。まだいくらでも傘は家にありますし、元々外になんて滅多にでないですから、使う機会もあまりありませんし」
 そういって、鳳月さんは私に蛇の目傘を差し出した。私は、いくらなんでもそこまでしてもらう義理はない、構わないといったのだが、いいからいいからと半ば無理矢理その傘の柄を握らされた。本当に、人のいい男だ。気味は悪いが。

 「それでは、遠慮なく……。あのこの傘は後日、お返しします。こんなに世話になったのに、何もしないのは悪いですし。……それにこの店、とても綺麗で魅力的ですし」
 嘘ではなかった。心からの言葉だった。今度ここにきたら、何か買っていこうかなと思った。

 「そんな、別にいいですのに。……でも、この店の雰囲気を気に入ってもらえたことは嬉しいですねぇ。まあ、気が向いたら来てください。いつでも歓迎しますよ」
 嬉しそうに笑う鳳月さん。相変わらず気色悪い笑みではあるが、でも何故か知らないけれど私はその笑みを愛しいと思った。どうしてだろうか。
 私は、黒く細い柄の、赤い蛇の目傘をじいっと見つめた。とても濃く、やや暗めの赤で、色に深みがある。

 「鳳月さん」

 「はい?」
 バスタオルとマグカップを抱えて、店の奥へと消えようとしていた鳳月さんは、私に呼び止められてくるりと振り向いた。私は、蛇の目傘の濃い赤を指差した。

 「これ、何色なんですか」
 なんとなく、聞いてみたかった。
 鳳月さんは、一瞬驚いたような表情を浮かべた後にこりと微笑んだ。それは、気味の悪い笑顔ではなく、優しく温かい笑顔だった。

 「深緋(こきひ)色です。深いという字に、緋色の緋で深緋です。茜の下染めに、紫根を上掛けした、少し紫味のある色ですよ。闇の世界、恐怖の世界を照らす神の光の色です」

 「ありがとうございます」
 私は深緋と名づけられたその色をじっと見つめた。そして、軽くお辞儀をして店から出て行く。
 雨は、相変わらず激しい音と共に降り続けている。私は、鳳月さんから借りた深緋色の傘をさした。ばっという音とともに深緋色の花が咲く。
 憂鬱で、じめじめしている、どす暗い空に包まれた世界から降ってくる雨から、その傘は私の身を護ってくれる。

 「闇の世界を照らす神の光の色……か」
 私は、闇の世界へと飛び出していった。でも、さっきのように憂鬱にはならなかった。……救いの光が私を照らして、闇の世界からその身を護ってくれているから。

 五色堂。また必ず来よう。
 そう心に決めながら、私は外に干しっぱなしの洗濯物が待っている我が家へと歩いていった。
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