狐を呑む男(3)






 町のはずれ、桜山。昼になれば少しは賑わう町の中心とは違い、この辺りは夜と変わらず、静かだ。増える音は鳥の鳴き声のみ、増えるものは世界を照らす太陽の光のみ。
 山が抱く鳥居の前に少年と、今にも死にそうな男が一人。晴明と出雲である。
 ひょろりとしていて、いかにもインドア派風である晴明であったが、意外にもけろりとしている。一方体力も根気も無い出雲はといえば、石段にもたれかかり、ぜえぜえはあはあと息を荒げている。終いに血でも吐きそうな勢いであった。

「ふう。なかなかいい運動になった。普段はこれだけ走ることなど無いのだが、不思議と疲れなかった。強い思いとミツツキミツキカケ様から貰ったパワーが私の手足を動かしたのだろう。うんうん。ああ、運動したら頭が先程までより冴えたようだ。貴方もいることだし、きっと今日は創作活動がはかどるだろう」

「だから、私は君に協力する気などこれっぽっちも」

「まずはこれだ!」
 誇らしげにあげられた腕、その先にあるのはあのノートだ。

「このノートには風景や人物描写、物語の流れだけではなく、登場人物の台詞なども書いてある。この台詞は絶対に欲しい、こういうことを言わせてみたいと思ったことを色々と。……しかし、その台詞や言い回しが本当にその人物に合っているか、この人物は本当にそういうことを言うのか、もっと相応しい言い回しは無いか……などなど色々なことが気になって。勿論自分で読み上げても良いのだが、こういうのは第三者に読んでもらった方がより良いと思い」

「それなら、何も私でなくても他の人間に頼めばいいじゃないか」

「残念ながら、私はこちらに引っ越してきたばかりで友人や知人が全くいないのだ」

「……前いた所にもろくに友達なんかいなかったんじゃないかい?」

「そこで、だ。どうせなら、作ったキャラのモデルといっても過言ではない貴方に読んでもらった方が良いと思って、ここまで連れてきた次第だ。というわけで早速、さあ、さあ、さあ!」
 晴明はノートを持っている手を戦隊ヒーローの決めポーズでもやるかのごとくあっちこっちへ素早く動かした後、出雲にノートを手渡す、もとい、押し付けた。
 それを反射的に受け取ってしまった出雲の顔にあるのは疲労、後悔、されるがままになっている自分に対する憤り。

 とりあえず、と出雲はページを開いてみる。目に飛び込んできたのは無数の文字。
 ぎっちり、みっちり。言葉の洪水が頭へ流れ込み、脳内を満たし、それでもなおそれは侵入を続け、氾濫を起こす。
 消しゴムで一度消し、書き直した跡があるところもあれば、消すのが面倒だったのか文の上に二重線を引き、その近くに訂正した文章を書いた部分もある。
 ある文章を指す矢印の上には、こういう表現もありかもという意味で書いてあるらしい単語がずらずら並び。
 図やイラストもところどころにあり。これが異様に上手い。おまけに、細かい。
 文字はさっさと書いた(と思われる)わりには綺麗である。が、文章があまりにぎっちり書かれているものだから、結局のところ、非常に読みづらい。

 言葉の洪水により氾濫を起こした脳内は重く、痛く。出雲は眩暈を感じ、よろめいた。二度と読みたくないと思ってしまう位にすごい代物。出雲のような面倒臭がりで、細かいことを気にするのが嫌いな彼にとって、それはまさに毒物、いや、劇物。

「あまりのすごさに声も出ない様子。はっはっは」

「これを私に読めと……?」
 出雲はげんなりしながら、あいたページを晴明に見せる。彼はうん、勿論だと言った後、何故か眉をひそめ、そのページを注視し。それから少しして、ああ、と一言。

「いや、ああ。間違えた。そちらのノートは『湧き水の書』の方だった。貴方に読んでもらいたいのはこちらであった。失敬、失敬」
 言って、肩にかけていた小さめのショルダーバッグからまた別のノートを取り出す。

「こちらは『釣瓶の書』という。湧き水の書に書いたものから必要な部分を抽出し、分かりやすくまとめたものだ。こちらに、読んでもらいたい文章の候補を書き連ねた」
 晴明はあるページを開き、出雲に手渡す。出雲はそれをまたしても受け取ってしまい、自己嫌悪に陥り。

(私は何をやっているのだ。さっさとつき返そう)
 しかし体は思うように動かない。晴明の目が、体から放っている輝きがそうさせるようだ。晴明の力は、出雲のそれを上回っている。
 結局のところ、大人しく読む以外道は残されていないようだった。

(ぱっぱと読んで、さっさと終わらせてしまおう。そうしよう)

 不本意ではあるが、少年の言うことを聞こうと出雲は思った。さっさと帰るにはそれが一番であると悟ったからだ。
 さっさと読み、さっさと満足させ、さっさと帰る。

 だが。現実はそう上手くいかない。

 出雲は字を読むのがそんなに得意ではなかった。ひらがなも漢字も『向こう』の世界では普通に使われているから(遠く離れた土地はその限りではないが)全く読めない、ということは無い。しかし何でもかんでも読めるわけでは無い。
 必要最低限のものだけ読めればいい(読めなかったからといって馬鹿にされたり、何かと苦労したりすることもあまりない)世界の住人であるから、読める漢字、単語の範囲は狭い。また、読み方が正確でなくても、自分の中で意味が通じていれば良いと思っているから割といい加減に読んでいる面もある。

 住処である満月館には沢山の書物が置いてあるが、それは殆ど飾りであり、実際手にとって読んだものの数は限られている。ちまちましたことを億劫に感じる男だ。小さな文字を追う作業も当然好きではない。というか大嫌いであった。

 そんな彼にとって、朗読というものは黙読以上に大変なものであった。
 誤読は多い、すぐ詰まる、句読点の無いところで区切る、抑揚も感情も無い。

「わたしは……き、かた……じゃなかった、あなたと、ともに、いき、る。それをあなたが、のぞんでいなくて、も……」
 湧き水の書なるものとは違い、釣瓶の書は大分すっきりしている。字もより丁寧になっているから、非常に読みやすい……のだが……。
 晴明はあまりの酷さに目をだるまのそれのようにさせ。口も目の形と同じ風になっている。
 しかし彼は無駄に高い順応力を持っているらしく、衝撃の朗読レベルにもすぐ慣れたようだった。そして「別に驚いていませんよ」という風な顔をしながら次々と注文をつけていく。

「もっとそこは滑らかに。そんな棒読みではいけない、もっと気持ちを込めて!」
 更に、読み方に関しての注文もつけてくるのだが、ものすごく抽象的なものであるから、何がなんだか出雲にはさっぱり分からない。
 ここは万華鏡のようにとか、そこは薔薇ではなく椿の花を思わせる読み方でとか、今の読み方は水を求めて悶える鮫のようだ、そうではなく水を求めて悶え苦しむ蛙のように読んでもらいたい、とか。

「そんなこと言われても分からないよ」

「言葉では分からないということか。それならば私が全身を使って表現して差し上げよう。よく見るが良い、その文章はこういう風に読んでくれ!」
 そう言って右手を両目の前、左手を背に回し、腰をひねり、足を交差させ。

「……余計分からないよ」

「もっと分かりやすくせねば駄目か……ならば、こうだ!」
 左手で地面を指し、右手を後頭部にやり、足は先程同様交差させ。

「どうだ、分かったか!」

「……全く。一生分からないだろうし、分かりたくも無い」

「はっはっは、困った人だな!」

「君にだけは言われたくなかったよ。……私はこういうの得意でも好きでもないんだ。仕方なく読んでやっているのに、文句ばかり。そんなに言うなら、自分でやってみればいい」
 人間に馬鹿にされ、注文をつけられまくることに出雲は耐えられなかった。
 
「自分で読んだだけでは分からないことだってあるのだ。より客観的な判断を下すには、他人の協力が必要不可欠。それに私ではこの登場人物のイメージに合わないし。イメージぴったりな貴方に読んでもらった方がより効率的なのだ」
 と言いつつ、素直に彼はノートを受け取り、そこに書かれている台詞を読み始める。
 これがまた実に上手いのだ。抑揚のつけ方や滑らかさ、感情の入れ方、どれも出雲が聞く限り完璧であった。足りない部分をあげるとすれば、それは妖しさ、艶かしさ。恐らく彼はその部分を出雲に求めていたのだろう。

「……矢張り私では駄目なのだ。ささ、レッツトライアゲイン、なに、何十回、何百回も読めばその内慣れてくるさ!」

「そんなに読みたくないよ!」

「遠慮は無用だ!」

「遠慮じゃない、本心からそう思っているんだ」
 と言って聞くような相手ではない。晴明は流れを強引に戻し、再び出雲に文章を読ませるのであった。
 晴明が納得するまで、同じ文章を延々と読まされた。やっと読めたと思ったら「この部分はこういう言葉に変えた方がしっくりくるようだ」と言って訂正をし、それを改めて読ませる。それが終われば、また次の台詞。
 大の男が人気の少ない場所、自分よりずっと年下の少年の指図をうけながらノートを手に朗読を延々と続ける。それは見ているこちらが恥ずかしくなるような、全く笑えない痛々しい光景。

 それらが全て終わった頃には頭上にあった太陽が、地平近くにまで落ちていた。出雲の気力も、体力もそれと同様な風になり。

「こ、これで満足かい……」

「うむ。台詞方面はこれで良いな。うんうん、大分良くなったぞ、ふふ、読み返すとつい笑みがこぼれてしまう位良くなった

「そうかい。それなら私はここで」

「次は動きの表現を煮詰めなければ。貴方にやって欲しい動きを、台詞集の後に書いておいた! さあ、貴方のその美しい四肢を私の為に動かしておくれ!」
 まさに絶望の言葉。

「……いや、無理……もう限界だ。疲れた、死ぬ……」
 巫女・桜と派手にやりあった時もここまで疲れはしなかったと出雲は思った。
 晴明は仕様が無い人だとため息をつき、肩をすくめ。両手は、腰におき。

「しかし参ったな。日中じゃミツツキミツキカケ様のパワーをその身に受けて体力回復することも出来ないし」

「そのミツなんとかって誰なんだい? この世界に伝わっている神かなんかかい? 聞き覚えの無い名前だが」

「うむ。ミツツキミツキカケ様というのはある日私の脳にずびびっという電流と共に降臨された女神様なのである!」

「……とどのつまり、君の妄想ってわけか! 通りで聞いたことが無いわけだ。自分の妄想で作り上げた神を一人信仰するのってなんか、むなしくないかい?」

「ミツツキミツキカケ様は月の化身である。慈悲溢れる神で、文芸に限らず舞踊、音楽、絵画……様々な芸術、文化を司っておられるのだ。彼女の力は夜にのみ発揮され、昼は人間同然の力しかもっていない。この方の誕生は……」
 都合の悪いことは耳に入れない主義であるらしい。目を瞑り、得意げな顔をしながら脳内女神の『設定』を延々と語り続ける。その殆どを出雲は聞いていない。彼もまた、人の話をあまり聞かない主義なのだ。人を縛り、動きを封じる恐るべき呪文の様な言葉の数々。よくもまあ噛みもせず、詰まりもせずここまで流暢に喋れるものだと出雲は正直、感心した。それ以上に、呆れた。

「……彼女の容姿は細身で、肌は月の色。白とも銀とも金ともつかぬ色。髪の色は紫水晶、瞳は黒曜石、眩く輝く真白の衣を身にまとい。美しく、可憐で、包容力ある女性」

「はあ……」

「だったら良いな! 残念ながらその容姿をまともに見たことは無いのだ」
 希望的観測。自分が創った神様なのだから、容姿だって好きな風に『設定』出来るはずなのだが。彼は、彼女が自分の妄想の産物であることをすっかり忘れているようだった。

「貴方にもミツツキミツキカケ様と交信する為の方法を伝授して差し上げよう! 全身を使い、様々なポーズをとることで彼女と交わるのだ、ははは! さあ、まずは彼女へ敬意を示す為のポーズだ!」
 顔を天に向け、腕を胸の前で交差。相当、気持ち悪い。

 彼はその後も、彼女から力を授かる為のポーズ、彼女に感謝の意を伝える為のポーズ、悩みや迷いに対する解を問う為のポーズなど、気持ち悪く、恥ずかしく、非常に痛いポーズを延々と繰り返す。
 長い時間をかけ、一通りやったらしい彼は出雲を見て、にこり。

「さあ、貴方も一緒に! なに、恥ずかしがることは無い。どうせ今ここには私と貴方以外いないし、恥ずかしいのは最初だけでしばらくすれば慣れてくるし」

「君も最初は恥ずかしかったのか……」

「ささ、レッツトライだ! 一緒に!」

「断る!」

「ほら、足を交差させて!」
 その声には妙な強制力があった。出雲の足が、交差する。
 
「そして両手を頭上につきあげて!」
 手が、両手に、自然と。

「その調子だ、ささ、お次はこれだ! 私の真似をし給え!」
 晴明の言葉が、出雲の体を動かす。
 この私が、なんという屈辱、こんなの私ではない、これは夢だ……ありとあらゆることを考えながらも、出雲はその体を、晴明がしている通りに動かし。

 静かな、落ち着きのある、昔の匂いを今なお残す、この地。……で良い歳こいた男二人が、直視するのをためらうような恥ずかしいポーズを延々ととっているその光景。
 滑稽、不気味、異質。



 一通りやらされた出雲の体と精神はおからやそぼろの如く、ぼろぼろ。
 逆に晴明はやりきった、という顔をしキラキラとした何かを放っているのだった。

「ふう。これで貴方もミツツキミツキカケ様と自由に交わりあうことが出来るだろう」

「帰りたい……」

「お次はこれだ、ささ、このノートに書いてある通りの動きを、ずばばん、と!」
 晴明がめくったページには『動き』の描写が色々書かれていた。その文章は美しく繊細で、絹で作られたヴェールの如く。
 出雲は驚いた。目の前にいる言動、行動全てが変で、周りの世界になど目もくれず、自由奔放に生きているだろう男が書いたものとは到底思えなかったからだ。

「……わざわざ私がそんなことをする必要も無いと思うがね。充分良いものがかけていると思うよ」
 それを聞き、晴明が一瞬、はにかむ。しかしすぐ厳しい顔になり、首を横に振る。彼自身は一切満足していないようであった。

「駄目だ、これではまだ、駄目なのだ! ささ、まずは扇を持ち、舞うように歩く場面を! このページの一番上に乗っている文章を元に、お願いする!」

「嫌に決まっているだろう。それに扇なんてどこにも」
 と言う出雲の目に入り込んできたのは、鮮やかな赤色の扇――とそれを持ちどうだ、と言わんばかりの笑みを浮かべる晴明の姿で。用意周到。
 
「こ、このケーキを食べるという場面もここでは」
 さっと出されたチョコカップケーキ。

「主人公に化粧を施す場面とか」
 口紅、その他化粧品。

「……眼鏡をかけて読書」
 眼鏡ケースと、しゃれた装丁の本。カバンから次々出てくる代物。

「一体そのカバンにはどれだけの物が入っているんだ……!」
 やるにも道具が無いから無理、という言い訳は出来ないようだ。
 晴明の言う通り、やるしかない。

 彼から仄かに甘い匂いのする扇を受け取り、文章と晴明の要求を元に動く出雲。

 しかしこれもまた、上手くいかない。
 文章の描写や晴明の言葉を意識すると、ぎくしゃくした動きになってしまうのだ。他人の言葉に合わせて動いたことなど数える位しか無かった彼にとって、これほど難しいことはなかった。
 元々そう柔らかくない体はますますがちがちになり、滑らかさ、自然さのかけらもない所作を連発。その珍妙な動きの数々を見ている晴明は時々俯き、体を震わせる。

 普段漂わせている妖しく、艶かしく、そして恐ろしい空気はどこにも無い。
 無駄に力のこもった体は急速に疲労をためていく。

「もっと自然に。リラックス、リラックス」

「君がいない方がかえって上手く出来そうなのだがね……後この、のうととやらが無ければ」

「それでは意味が無いではないか」
 至極ごもっとも。

「大丈夫、慣れればどうにかなる! 先程もそうだったではないか。世の為人の為、その美しく魅惑的な四肢を動かしてくれ!」

「世も人も関係ないじゃないか、ああ……」

 そして二人のやり取りは、続く。
 彼の抽象的な指示、ノートに書かれた文章に翻弄される内、出雲の体の力はどんどん抜けていった。リラックスしてきたから、慣れてきたから――ではない。単純に疲れてへろへろになって、入れる力が無くなってきただけの話。
 一方晴明は延々と喋っているにも関わらず、一切疲れている様子を見せなっかった。

 出雲を涼しい顔で操る、男。

(この少年、自分の脳内で作った神から本当に力を貰っているのでは……)

 それから後のことを、出雲はよく覚えていない。
 気がつくと夜になっていて、鳥居の前で体育座りをしていて、晴明の姿は無くなっていて。
 自分は狐につままれていたのだろうか、と一瞬本気で考えてしまった出雲であった。

「こんなことを考えてしまう位、おかしくなってしまったのか、私は。あの少年とは二度と会いたくない……自分を見失ってしまいそうになる……」

 彼のその願いは、残念ながら叶わなかったのだが――とりあえず、今回は、この辺で。


 ここは喫茶店『桜〜SAKURA〜』である。

 テーブルを挟んで二人の男が座っている。一人は出雲。もう一人は三十前後の男性。出雲程では無いが、ほっそりとした体つき。

「ここに来るのも久しぶりです。やっぱりいつ来ても落ち着きますよ、この町は」
 程よく整った顔。珈琲を飲み、笑むその姿はなかなか魅力的なものである。
 窓から見えるのはそう面白い景色ではない。だが男はその景色を愛しいものだと思っているらしい。緩んだ目元、柔らかく細めた目がそれを如実に語っている。

「本当、変わっていませんね。……この町を初めて訪れた十三年前から」

「君は大分変わったけれどね。変わりすぎて原型とどめていないけれどね」
 私は散々君に酷い目にあわされたっけ、と言いながら恨みがましい目で目の前にいる男を睨む。
 男は頬をかきながら困ったように笑った。

「あの時の話はやめてくださいよ。私にとっても黒歴史なんですから。……まあでも、あの思い出しただけで首を吊りたくなるような日々が無ければ、今の私は存在しなかったでしょう。私の夢もきっと、叶わなかった。感謝すべきなんでしょうね、あの頃の私には。……ああ、でもやっぱりちょっと嫌ですね」
 小学校、中学校の同窓会ではあまりの変化に皆の目が丸くなったと男は笑いながら語る。彼が『普通』の人間へと変わっていく過程を見ていた高校時の同級生などはそうでもなかったそうだが。

「私だって、今も君がああだったら絶対こうしてお茶に付き合ってはいないね。しかし驚いたよ、まさか本当に作家になって、本を出すとはね。ゆくゆくは立派な小説家となり、全世界に私の作品を広めるのだ! とかしょっちゅう言っていたねえ」

「私は貴方が正真正銘の妖であったことに驚きましたよ。あの時の僕の顔、ものすごく面白いものだったんでしょうね」

「私は隠しているつもり、全く無かったけれどね。というか普通は気がつくものなのだけれど。昔の君って、鋭いようで鈍い、鈍いようで鋭い子だったよね」
 あの髪と瞳の色を見てなお私の正体に疑いを微塵ももたないとか、凄いよ本当に君は、と嫌味をたっぷり混ぜた言葉をぶつけてやる。
 ぶつけられた相手――男――瀬尾晴明はお恥ずかしい限りです、と頭をかき。

「それで、仕事の方は順調なのかい?」

「まあまあ、といったところですかね。まだまだ上手くいかないことも多くて、時々色々嫌になりますが……でも楽しいこと、嬉しいこともありますから、何とか頑張ってやっています。ここに来ると、気分もリフレッシュしますし。これからも頑張りますよ。世界進出を目指して」

「ミツツキミツキカケ様のお力を借りれば、あっという間だろう」

「ああ、それはいいです、もう、いいです。思い出しただけで……」
 手や頭を振り、慌ててその話題を消そうとする彼だったが、急にその動きをやめたかと思うと前かがみになり、口に手を添え、小声で晴明は言った。

「……でも実は、今も時々やっているんですよ。ミツツキミツキカケ様からパワーを受け取る為の儀式」
 恥ずかしそうに言う晴明を見て、出雲は笑った。

「前言撤回。何だかんだ言って、君は全然変わっていないな」