出雲と真奈





出雲と真奈

 出雲は、桜町商店街近くにある公園のベンチに、一人ぽつんと座っていた。
 ペンキが剥げて殆ど茶色になってしまったブランコと鉄棒、野良猫や野良犬のフンが見える砂場、ボロボロの冷たい木製のベンチ。囲むのは、不恰好に伸びた木々。
 地味、いや地味を超えて情けなくなってくる、惨めな雰囲気の公園。清清しい位、誰もいない。

 そんな公園に、地味とか惨めとか情けないとか、そんな言葉とは無縁な男がいる。さらさら流れる黒髪は上質な絹糸、瞳は宝玉、唇は鮮やかな花。見た目は人間で、けれど人間とは思えない不気味な美しさで、実際人間ではないのだ。
 時が経つにつれ、少しずつ忘れられていった物語の登場人物。かつて、巫女の魂を取り込んだものの、直後飲み込んだ魂に体を焼かれ、死んだとされる極悪非道の化け狐。しかし、言い伝えとは違い、彼は死んではいない。ぴんぴんしている。

 かつて、この辺りに住む人間をある時は恐怖に陥れ、ある時は助け、ある時は苦しめた。良くも悪くも有名人であったその化け狐は今、涙が出るほど惨めな公園に一人ぽつんと、いる。しかも膝に、稲荷寿司の詰まったパックを置いて。
 特に理由は無い。ただ、いつも通り弁当屋『やました』で稲荷寿司を買い、自分の世界へ帰ろうと桜山を目指していた時、ふと公園のベンチが目にとまった。そして、何となくあのベンチに座ってみようと思った。だから、公園に入って、ベンチに座った。それだけのことだ。

 特にすることは無い。じめじめしていて、古臭い匂いの漂うこの場所で、美味しい稲荷寿司を食べるのは嫌だった。歌を歌うわけでも、何か特別なことを考えるでもなく、ただ古いとかじめじめとか、そういう言葉とは無縁そうな空を見上げることしか、することは無かった。

 (嗚呼、暇だ。とても、暇だ。もっと紗久羅をいじめていれば良かったかなあ)
 思わず、あくびが出る。

 どれ位ぼうっとしていたのか、分からない。
 ふとベンチの隣にあるブランコを見れば、一人の女の子がブランコに乗って、ゆらゆらと、海のなかを漂うクラゲのように揺れていた。
 まだ5、6歳位の女の子。くりくりした瞳、ぴょこぴょこ揺れたり跳ねたりしている、二つに縛った髪の毛はとても愛らしい。
 鈴よりも、もっと小さいなあと出雲は思った。可愛らしい。ああ、でも鈴の方が可愛いなあ。まるで、子煩悩のお父さんの様なことを、考える。

 ふと、その少女が出雲の方を見た。
 出雲は、何故か、本当に何故だか分からないけれど、酷く不安になった。
 
 (何だろう、ただの人間の小娘のはずなのに。酷く、恐ろしげに見える)
 女の子はブランコからぴょん、と飛び降りるととてとてと走って出雲の目の前に来た。目をぱちぱちさせながら、じっと彼を見つめる。
 わざと、冷たい瞳で少女を見つめ返す。けれど、彼女は泣きもしないし少しも怖がる様子を見せない。

 「お兄ちゃん、この町の人?」

 「そうだよ」
 嘘だ。大嘘だ。でも、ある意味では嘘でもない。
 出雲は「こちらの世界」で言えば、桜山にある桜山神社の社の建つ場所に住んでいる。でも、彼がいるのは「こちらの世界」ではなく「向こうの」世界だ。
 なおも、少女は出雲を見つめ続ける。

 「お嬢ちゃん。一人でふらふらしていたら危ないよ。お父さんとお母さんは?」
 まるでこれじゃあ、人間のお兄さんの言葉じゃないか。そんなことを思いながら、引きつった笑みを向けてやる。

 「んー、どっちもお仕事。でも大丈夫、いつものことだもん。真奈、偉い子だから、平気。さっきまで、お友達の家で遊んでいて、今から帰るの。バスに乗って」
 
 「へえ、一人で偉いねえ」

 「うん、真奈偉いよ。……ねえ、お兄ちゃん」

 「何?」
 何となく、この真奈とかいう少女に見られるのは好きじゃない。何だろう、何か、嫌なんだよねえ。出雲は、視線を逸らした。
 この天下の大悪党の出雲様に、こんな思いを抱かせるなんて、この小娘は何者なんだろう。いや、ただの人間だろうけれど。
 出雲を凝視していた真奈が、口を開く。

 「お兄ちゃん、その髪と目の色、似合わないね」

 「え」
 どきりとした。似合わない?どういうことだ。こんな美しい黒髪、黒い瞳のどこが、似合わないというんだ。

 「えとね、えとね。お兄ちゃんはね、真っ赤なおめめと、紫色の髪の毛が似合いそう」
 更にどきっとする。
 何だこの娘は、私と会ったことがあるのか。いや、会った覚えは全く無い。それなのに、なんで。

 「うーん。でも、それも、なんだか、あわない。お兄ちゃん」

 「な、なんだい」

 「お兄ちゃんって、狐さん?」
 血の気がさあっと引いて、冷や汗が出てきた。
 この小娘、全部見破っているというのか?こんなにどきりと、心の臓をつかまれたような思いをするのは、本当に久しぶりだ。

 「お兄ちゃんって、ほうちゃんみたい」

 「ほ、ほうちゃん?」

 「嘘つきで、意地悪。後、とっても寂しがりやさん」
 
 全てを、見透かされている気がした。
 彼女の目を「恐ろしい」と感じた理由が、分かった。自分が奥底に隠しているものを、この娘は何となく見ることができるのだ。心だけでない。姿かたち……その相手の「本質」まで見てしまうのだ。
 子供、というのは時にすごい能力を発揮することがある。大抵、成長するにつれその能力というのは弱くなっていく。そのまま残ることもあるが。

 出雲にとって、こういう小娘は一番の天敵だ。
 ひねくれ者で、自分の本当の姿を隠して、のらりくらり生きる彼にとって。
 自分が優位に立てないような相手は、大嫌いだし、苦手だ。

 しかし、出雲のそんな心を知ってか知らずか。真奈は腕につけていた時計を見て「あ」と声をあげた。

 「バスがそろそろ来ちゃう。それじゃあね、お兄ちゃん」
 早く帰ってくれ。出雲は念じた。
 真奈は公園の出入り口までとてとて走る。が、そこで一旦止まって、くるりと振り返る。まだ何か言いたいことがあるのか。

 「お兄ちゃん、お姉ちゃんとちゃんと仲良くやってねー!」

 止めだった。
 
 (お姉ちゃん……紗久羅のことじゃないよな。多分)
 出雲は自分の胸にそっと手をやった。
 胸が心なしか、熱くなった。

 (こっちのことを言っているんだろう、ね)

 話したのは、たった5分位のこと。だが、出雲は思う。

 あの娘とは、二度と会いたくない、と

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 零弌のねーさまのリクに答えてみた。短いけど、意味が分からないけど。
 出雲と、五色堂の番外編(というか表情お題)で出てきた真奈が会ったお話。
 なんかこうこのお話を一言でまとめると「真奈最強」