出雲 〜レポート1〜
『出雲について レポート1』
出雲というのは、桜村近くにある桜山に住んでいる、化け狐のことである。
桜村に多くある言い伝えが書かれた『桜村奇譚』の中では、出雲は村人に害をもたらす忌むべき存在として描かれていることが多い。村の作物に狐火を放って燃やしたり、小さな子供をさらって、遠く離れた村に放ったり、結婚寸前の男女にあることないことを吹き込んで破局させたり、山へ来た人を殺して肝を食ったり、村に動物の死骸をまいたり。その他諸々。ちょっとした悪戯から、人の命や大事なものを奪うことまで、数限りない悪事を働いたという。
しかし、『桜村奇譚』の中にはほんの少しであるが、彼が村人を助けたという話がある。山の中で迷子になった子供を悪態をつきながらも家まで送り届けたり、飢えて死にそうな人に山の食べ物を与えたり、熊に襲われそうになった人を助けたりしたとかしないとか。ようは気まぐれなのだ。助けたいと思ったときは助け、苦しめたいと思ったときは苦しめる。ただ、人々を苦しめたり泣かせたりしたいと思う数の方が、助けてやりたいと思う数を遥かに上回っているだけなのである。
こんな話がある。
桜村に住んでいた娘が、ある日桜山へ薬草を摘みに行った。その時、娘は自分が何よりも大切にしていた髪飾りをなくしてしまった。村娘が持つにはやや贅沢な品で、娘はそれを一番の宝物にしていた。が、薬草を摘んでいる間にその髪飾りはとれてしまい、どこかに落ちてしまったらしい。
娘はそのことに気がつくと、すぐに自分が今まで歩いていった道を戻って、髪飾りを探した。必死になってそれを探したが、結局どれだけ探してもその髪飾りは見つからなかった。
体中泥だらけになった娘は、自分が大切にしてきた髪飾りを無くしてしまったことを嘆き悲しみ、おいおい泣いた。大きな声をあげて、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして泣いた。とにかく泣いた。
ふと、娘は自分の背後に誰かがいる気配を感じて、後ろを振り返った。
そこには、一匹の狐がいた。真白の体、血染めの赤い瞳の美しい狐。娘は、そいつが数々の悪事を働いている化け狐、出雲であることにすぐに気がついた。
出雲にあったが最後、きっと食い殺されるにきまっている。娘は泣くことも忘れて、石のように硬くなってしまった。
「五月蝿い餓鬼だね。せっかく気持ちよく寝ていたというのにさ。さっさと泣くのをおやめ。泣くのをやめないのなら今すぐ死んじまえ」
「髪飾りをなくしたの。とても素敵な髪飾りを。大切なものだったの」
娘は、座り込んだまま、言っても無駄なことを言った。大切なものをなくしたから泣いている、はあそれじゃあ仕方ないねなどと出雲がいうはずがなかった。
「髪飾り?そんなものを無くしたくらいで泣いていたのかい。馬鹿な奴だね、人間というのはさ。まあ、いい。ここでずっと泣かれても困るからねぇ。これでも持ってさっさと消えな」
そういうと、出雲はどこに隠していたのか、一つの髪飾りをとりだすと、娘の頭めがけて投げつけた。娘は、自分の頭にこつんとぶつかった髪飾りをじっと見つめた。それは、翡翠のついた、自分がなくした髪飾りの数十倍は高級そうなものであった。そして、ずっと煌びやかで美しいのだった。
娘は一目見てそれを気に入り、それを両手に握り締めて、山を降りていった。
それから、数年後のことだ。娘は村の男と結婚をする事になった。
結婚前夜。娘は明日行われる祝言のことを思い浮かべると、興奮してしまって、なかなか寝つけなかった。しっかり睡眠をとらないといけないと思っても、胸の奥から湧きあがってくる気持ちを抑えることはできなかった。
何度も何度も寝返りをうち、目をつむっては開け、つむっては開けてを繰り返していた。
駄目だ、やっぱり眠れない。娘はむくりと起き上がり、家の外へと出た。
外は、静寂に包まれていた。銀色の月の光が、村を優しく照らす。朝はにぎやかに歌う鳥も今は眠りについている。心地よい風が、娘の体を撫でた。空を見上げれば、満天の星空が宝石のように輝いている。風の音にあわせて、星が歌うように瞬いた。
涼しい風にあたり、美しい星空を見ていると、少しだけ心が落ち着いてきた。娘は、軽く深呼吸をした。……さあ、そろそろ家へ帰ろう。きっと、今度は眠れるだろう。娘はそう思った。
娘は、自分の背中にある家をちらとみた。そして、どきっとした。
目の前に、見知らぬ男が立っていたからだ。随分とやせた男で、藤の花の色をした髪の毛を膝ほどまで伸ばし、髪の毛の色よりやや濃い色をした着物を着ていた。随分と美しい男で、銀色の月光がその美しさを引き立てていた。
どうみても、男は人間ではなかった。藤の花の色をした髪の毛の人間なんていない。それに男のその美貌は、人間ではありえないものだった。
「泣き虫馬鹿娘。祝言をあげるそうだね。お前みたいな餓鬼を貰う男の気が知れないよ。まあ、でもいい。私からも祝言祝いをやろうじゃないか。もう無くすんじゃないよ、小娘」
男はそういうと、何かを娘へ投げつけた。それは娘の頭にこつんとあたった。娘は、男になげつけられた何かをじっと見た。そして、目を大きく見開いた。
それは、自分が数年前になくしてしまった髪飾りだった。傷だらけで、泥だらけで、ぼろぼろだったが、娘には分かった。それは、確かに自分が昔大切にしていた髪飾りだったのだ。
娘は、男のいた方を見た。が、もう男の姿はなかった。
娘は、その男が出雲であることにすぐに気が付いた。娘が髪飾りをなくしてぴいぴい泣いていたことを知っているのは、出雲だけだからだ。
娘は、そのぼろぼろの髪飾りをじっと見つめた。そうすると、昔のことを思い出して、なんだか涙がでそうになった。愛しい思い出が、次々と映像となって娘の頭の中で巡る。村娘と歌を歌いながら洗濯をしたり、花を摘んで冠をつくったり、首飾りをつくったり、村の男たちとケンカして傷だらけになったり、豊作を祈る祭で思いっきり踊ったり、美味しい料理を母と一緒につくったり。辛いこともあったけれど、楽しいこともたくさんあった。
娘は、泣きたくなった。なんだか無性に泣きたくなった。が、娘は目から今にもこぼれてしまいそうな涙を、どうにかこらえた。もし泣いてしまったら、どこかで自分の事をみているかもしれない出雲に馬鹿にされると思ったからだ。
「もうあたしは、昔のあたしじゃない。もう、大人なんだ。だから、泣くもんか」
そういって、娘はぼろぼろの髪飾りを優しく抱きしめた。
誰かが笑うような声が聞こえたような気がしたが、きっときのせいだろう。
そんな話だ。
ところで、この話には続きがあり、娘の祝言当日に一人の美男子が現れて、高級そうな髪飾りやら珠やら布やらを次々と娘に向かって投げ、最後に米俵を入り口をふさぐようにおいて消えていったという。
おそらく、その男は出雲なのだろうが、一体彼は何がしたかったのだろうか。最強最悪の化け狐の考える事は、我々人間には理解することが出来ない。
もし彼が実在する化け狐で、巫女に殺されてはおらず、今なお生きているのならば、私は彼に会いたい。そして、彼が何を思ってこのような行動にでたのか聞いてみたい。
〜とある高校生の書いた、レポートより〜