紅の桜





 昔々、桜村の北の外れに一本の古く大きな木がありました。それは、桜の木でございました。毎年、冷たく氷のような風が子を抱く母のぬくもりのような、ほの温かい風に変わる頃に、若い娘の頬の色をした花が咲くのです。その桜の木は、人々に愛され、毎年この桜の木が花を咲かせますと村の人たちが集まって花見をするのでございます。
 さて、桜村には吉野と八重という姉妹がおりました。
 姉の吉野は、燃えるような赤く美しい着物をもっておりました。柊の実の様な色をした着物に、金や青や黄の花が描かれているものでございます。吉野は、その着物が大のお気に入りで、ことあるごとにその着物を着ておりました。吉野にとってその着物は一番の宝物であり、命であり、自分の体の一部でございました。妹の八重は、その着物が欲しくてたまりませんでしたが、吉野は八重に着物を譲る気はございませんでした。吉野は、他の人がその着物に少しでも触れようとすると烈火のごとく怒りました。ある日、吉野の家に遊びに来た友人が、誤って床にたたんであった着物を踏みつけてしまったとき、吉野はその友人を殴り蹴飛ばしひっかき、怪我を負わせてしまいました。吉野のその赤い着物に対する思いは病的なものでございました。
 しかし、吉野の体はどんどんと成長していき、やがて着物は彼女には小さすぎるものになってしまいました。ですが吉野は、着物がきつく感じられても、裾や袖が短いと思っても、その着物を意地で着続けました。
 とはいえ、つんつるてんの着物を無理に着ている姿は周りから見れば少々恥ずかしく、また情けないものでございました。母も父も、そのようなみっともない姿で村中を歩き回って欲しくはないと思いました。
 そこで、母はその着物を妹の八重にやることにしました。母は、吉野からその着物を取り上げようとしましたが、吉野はそれを嫌がりました。
 吉野は、着物を抱えて村の外れにある桜の木まで走り出しました。そして吉野は「誰かにこの着物を着られてしまうくらいなら……」といって、自分の何よりも大切にしている真っ赤な着物を桜の木の下に埋めてしまいました。
 そして、春になりました。鳥達が歌い、様々な花が咲き、温かい日差しが降り注ぎ、小川の水は日の光を受けてまぶしく輝きました。
 桜村の外れにあった桜の木も、花を咲かせました。
 しかし、その桜の花は今までのような薄紅色ではなく、到底桜の花とは思えない位真っ赤な色をした花になっていたのです。匂いも形も確かに桜の花です。しかし、その色だけが不気味な位赤くなってしまったのでございます。村人達はたいそう気味悪がりました。もしや桜の木に悪霊でも憑いたのではないか、と噂になりました。
 もしやと思った吉野は、桜の木の下に埋めたあの赤い着物を取りだそうと、着物をうめた場所を掘りだしました。自分が桜の木の下に着物を埋めたことと、桜の花が真っ赤になってしまったことには何か関係があるのではないかと思ったからです。すると。
そこに埋めていた赤い着物は真っ白になっておりました。着物の艶やかな赤は、どこぞへと消えてしまったのでございます。
 おそらく、桜の花が土の中の着物から色を吸い取ってしまったのでしょう。だから桜の花は吉野の埋めた着物のように真っ赤になっていまったのでしょう。
 吉野は自分の大事にしてきた赤い着物が真っ白になってしまったのを見て狂ってしまい、何事か叫びながら村のはずれにある桜山の中へと消えていきました。
 そして、二度と戻ってはきませんでした。
 その翌年、もう桜の花は真っ赤ではなくなり元の薄紅色に戻ったのでした。
          
                          桜村(現桜町)にある言い伝え

 「……という言い伝えがこの桜の木にはある」
 町のはずれ、もうほとんど人の訪れることのない場所に一本の古く立派な桜の木があった。その桜の木の前に、二人の男がいた。一人は高齢で白髪。頭に黒のベレー帽。白いシャツの上に濃い赤のチョッキ、ねずみ色のズボン姿の優しそうな顔をした爺さんだ。もう一方はまだ二十半ば〜三十位の男で、茶色くボサボサした髪の毛にややたれた瞳、顎には無精ひげ。白いTシャツに青いジーンズ姿の、やたら体格のいい男だった。
 爺さんは桜の木の下でちょこんと正座をし、水筒に入れた緑茶をすすりつつ、自分の頭上にある桜の木にまつわる言い伝えを隣にいる男に語った。男はあぐらをかき、桜餅にかぶりついた。

 「ああ、その言い伝えならしっているっすよ」

 「お前さんは、真っ赤な桜を見たかね」

 「ええ、見たっすよ。いやああれには驚いたっすねえ」

 「妖はよいねえ、そういう珍しいものを見ることが出来て。いや、しかし君が見たということは、この言い伝えは本当だったということだね」
 爺さんは、真っ赤な桜の花を思いながら茶をすする。やや熱めの茶は、爺さんの体中にじんわりと染み渡っていく。ほどよい塩味の桜餅は緑茶によくあう。
 男は、ううんと唸った。言い伝えが本当なんだね、という問いかけに「はい」と答えられないようだった。

 「いや、真っ赤な桜が咲いたというのは本当っすよ。吉野と八重という姉妹がいたことも、吉野が赤い着物を大事にしていたことも本当っす。でも、あの時の桜の花の赤は、吉野の着物の赤を吸いとった結果でた色というわけではなかったんですよ」
 男は、ややいいにくそうだった。爺さんが大好きな言い伝えをできれば否定したくないからだ。しかし、爺さんは言い伝えを否定されてショックを受けるどころか、逆に興味を抱いたようで、それはどういうことなんだねと言わんばかりの輝いた瞳で男を見つめた。男はため息をついた。

 「やっぱりこうなるんすね。秋太郎(しゅうたろう)さんは、すぐ言い伝えに隠された真実を知ろうとする。普通こういうのって真実を知らないほうが楽しいと思うんですがねえ」

「私はまだ教えてくれなどとは言っていないよ」
秋太郎はとぼけた顔をしながら茶をすすっている。

 「今すぐ教えてくれって顔をしているっすよ。まあ、いいや。そんなに知りたいのなら教えてあげますよ」
 そういって、男は立ち上がって太く立派な桜の幹にそうっと触れた。

 「秋太郎さん。桜の木が赤いのは何故か、ご存知ですか?」
 風に吹かれ、舞い降りてきた桜の花びらを男はそっと手のひらに乗せながらそういった。おやおや、と秋太郎は目を細めた。

 「ああ、有名な話だね。とある有名な作家の本にでてきた話だったかな?……桜の木の下には……死体が埋まっているのだろう?その死体の血を吸って赤くなるんだったかな」
 ああ、わざわざその話をだしたということは、と秋太郎は男の顔を見上げた。

 「ええ、この桜の木の下には死体が埋まっているんですよ」

 *****
 あれは何百年前のことだったかな……もう覚えてはいませんが、人間の世界でいう江戸時代頃でしたかねえ。
 あっしは、桜村で人間として生活をしたり、向こう側の世界と呼ばれる世界で妖として暮らしたりしておりました。その頃、あっしは桜村で人として生活をしてました。他所から来たあっしを、桜村の人々は毎回温かく迎えてくれて、すぐに村の一員にしてくれてましたねえ。村というのは外部からくる人をあまり信用しないんですがね、なかなか。まああの村は特別変わっていたんでしょうね。
 あっしが居候していた家の近くに、言い伝えに出てくる吉野と八重姉妹の住んでいる家はありました。姉の吉野はあの時代の女の子の割に背が高くて、切れ長の瞳に長い手足と、大人っぽいなかなか綺麗な人だったっすね。その妹の八重はどちらかというと小柄で、大きな瞳に小さな手足に高い声の、まあ可愛らしい娘でした。村の若い男のほとんどは、嫁にするなら吉野か八重がいいなどといっていたっすよ。え、あっしはどうだったかって?……あっしは例外。二人に対して特別な感情は特に持っていなかったっす。本当ですって、信じてくださいよ。
 吉野は、言い伝えどおりの真っ赤な着物を持っていました。いやあ、本当に立派な着物でしたよ。何で庶民があんな立派な着物をもっていたかまでは知らないですが。吉野はそれを自分の体の一部、そして命であるかのように大切に扱っていましたね。ほとんど病気でしたよあれは。少しでも着物に汚れがつこうものなら、狂って死んでしまいそうでしたね。だからといって、着物を箪笥の奥に大切にしまう訳でもなく吉野はしょっちゅうその着物を着ては村中を歩き回って、その素晴らしい着物のことを自慢していましたね。こんなに素晴らしい着物を、貴方達は持っていないでしょう?この着物が似合うのは私だけよ、これはとっても高価なものなのよ……と散々自慢してたっす。村人の方はなんだか馬鹿にされている気がして腹を立てたり、何度も聞く言葉にうんざりしていたっす。あっしも、何十回、いえ何百回もその着物のことを自慢されましたよ。
 妹の八重は、そのような素晴らしい着物を親から与えられず、しょっちゅう文句をいっていましたねえ、私もあの着物を着てみたいわと何回もいっていたっす。でも、姉の吉野は、妹がどんなにお願いしても決してその着物をあげなかったし、触らせもしなかった。基本的にはとても仲がいい姉妹でしたけどね、あの着物絡みのことになると急に険悪なムードになっていましたよ。あっしは、一度くらい着させてやってもいいんじゃないかって吉野に言ったのですがねえ……決して分かったとは言いませんでしたね。
 ある日のことでした。吉野には、あの赤い着物の大きさが小さくなってしまいました。無理に着ると、つんつるてんになってしまって、みっともない姿になってしまった。周りの人は、いい加減着るのを諦めて妹の八重にやればいいじゃないかと言ったす。……でも、吉野は全然話を聞こうとしなかった。絶対に他の人には渡すものかと駄々をこねだす。普段は我侭一ついわない、素直でよい子だったんですけどね……着物のことになると、そこらにいるガキよりもわからずやの我侭娘になっちまう。
 両親はたかが着物一つでそんなに駄々をこねるなど何てみっともない娘なんだとぼやいていたっすよ。もう、こうなったら実力行使だと、吉野が用があって外へ出かけている時に、両親は吉野の着物を箪笥から引っ張り出して妹の八重に着せてやったんです。
 八重は、そりゃあもう喜んで、歌を歌いながらどこかへと出かけていった。しばらくして吉野が帰って来て、箪笥を開けてみたら自分の自慢の着物がなくて驚いた。そして激しく怒りだして、両親を問い詰めて、八重が今自分の宝である着物を着ていることをしると、八重を探しにすぐに外へと飛び出したようです。

 そして、二人とも二度と家に帰ってこなかった。
 吉野も、八重もどこかにいっちまったんですよ。村人が総出で村中を、山の中を探しまわりましたが、見つからなかった。あっしも必死になって探したんですがね、見つかりやしなかった。
 
 吉野が見つかったのは、それからしばらく経ったある春の日のことです。
 いつもは愛らしい色をした桜の花が咲くこの木に、真っ赤な色をした桜が咲いた。本当に、気味が悪くなるくらい真っ赤な色をした桜でしたよ。綺麗、を通り越して気持ちが悪かったっす。皆不気味に思いましたよ。まるで血みたいな色をした桜だ……何かよからぬものがとり憑いちまったんじゃないかってね。
 あっしは、その桜の木から何か嫌な気配を感じたのでね、試しに桜の木の前の土を掘ってみた。そこだけ色とか土の固さとかが違っていましたからね。
 そしてしばらく掘り進めてみたら……でてきたんですよ、吉野の屍がね。もうほとんど骸骨になっていたけれど、あっしには分かった。その屍が見につけていた着物は、あの日吉野が着ていた着物でしたからね。
 あの日、何が起きたかは分からない。しつこく着物を奪い返そうと迫ってきた吉野を、八重が思わず殺して埋めちまったのか。それとも、外部からやってきた悪い奴に吉野は殺されて埋められて、八重は連れ去られたのか。さっぱり分かりませんよ。ただ、その桜の木の前で何かが起きた……そして、桜の木の下に埋められた吉野の死体から血を吸い取って桜の花は赤くなった……それだけは確かっすよ。その証拠に、吉野の遺体を桜の木の下から移動させた後、桜の花が真っ赤になったことは二度となかったんですからね。

*****
 「なるほどね。ふむ……結局何が起きたか具体的なことまでは分からないとな。それにしても、恐ろしいねえ。ものに対する人間の執着心というものは。時にものに対する病的な思いが、人の命を喰ってしまうのだからね」

 「そうっすね。ああ、でもあっしはできればものに執着した挙句命を落とすって事だけはしたくないっすねえ。あっしはたぬき蕎麦が大好きですけど……たぬき蕎麦が原因で死ぬってことだけは避けたいっすね」
 秋太郎はその言葉を聞くとはっはっはっと大きな口を開けて笑い、桜餅を食べつくすとよっこらしょっと立ち上がった。

 「でも、弥助君の場合は何となくありえそうな気がするよ」

 「ちょ、それどういうことっすか。酷いっすね」
 弥助と言われた男は苦笑いする。

 「まあまあ。さて、そろそろ帰るとするか」
 秋太郎は、水筒と、桜餅の入ったバスケットを持ち、桜の木に背を向けて歩き出した。弥助は、もう少し桜を見てから帰ると言った。
 
 風が吹き、桜の花びらが舞う。雪のように頭上から降ってきた桜の花びらが弥助の体を桃色に飾る。秋太郎の姿はもうない。

 「貴方は嘘吐きね。流石は狸だわ」
 背後から、鈴を転がしたような可愛らしい声が聞こえた。弥助はくくっと笑った。弥助はくるりと振り返って桜の木を見た。木の枝を飾る豊かな花と花の間に人影が見えた。
 太い枝に、一人の娘が座っていた。13,4位のその娘は背は低く、とても大きな瞳が小さな顔を飾る。大小いくつかの髷を結い、それらを桜の花をかたどった髪飾りや、金銀でできた簪で飾っている。白と翡翠色の衣、桃色と赤、黄色の帯。首や胸に翡翠や紅玉、青玉の首飾りをつけている。その衣からはほんのり桜の香りがする。

 「最後の最後に大きな嘘を貴方はついたわ」
 薄く紅をさした唇が、吊りあがる。

 「桜の木の下に埋められたのは、吉野姉様ではなく、私……八重だった」

 「些細な嘘っすよ」

 「ちっとも些細なことではないわ。私と吉野姉様は大違いよ。体型も、顔立ちも全然違うもの」

 「確かに。あっしは掘った穴からでてきた屍を見て、すぐに分かりましたよ。ああ、あれはこれは吉野ではなく、八重だってね。吉野は、あんたから着物を奪い返そうとした。あんたらは争い、そしてあんたは吉野に殺された」

 「とても痛かったのよ。姉様ったら鬼のような形相で私を睨みつけながら、どこからか盗んだらしい鍬で私の頭を何回も何回も殴ったのよ。そして姉様は、私を土の中に埋めたの。その前に、私からあの着物を剥ぎ取って、自分の着ていた着物を私に着せたの。変よね、もう死んでいる人にわざわざ着物を着せてやるなんて。女の子が素っ裸なんてかわいそうとでも思ったのかしら。よくわからないわ、だってあの時の姉様は完全に狂っていたから。もう、正気じゃなかった。あの華奢な体で、一人で深い土を掘って人を埋めるなんて芸当をやってみせることができるくらいに」
 
 「あんたの姉さんはあの着物にとり憑かれたんですねえ。吉野は、着物のために妹一人を殺しちまった……」

 「姉様は、結局あの後どうなったのかしら。私は、大嘘吐きの貴方がまた桜の木の下に死体を埋めなおしちゃって、結局ここの桜の精になってしまったわ」

 「だって、もうこの桜の木でずっと眠っていたいってあんたが言うから」
 弥助は、誰もいない時に桜の木の下を掘り、そして八重の遺体を見つけた。弥助は、皆にそれを知らせて八重の遺体を墓に埋めてやろうとした。だが八重が、もうこのまま桜の木の下でゆっくりと眠りたいというので、そのまま埋めなおしてやったのだ。
 つまり、この桜の木の下には未だに八重の遺体が埋まっているのである。

 「まあね。でも、本当に姉様はあの後どうなったのかしら?山に入ってすぐに獣に喰われたのかしら。それとも私みたいに『向こう側の世界』の人間になってしまったのかしら」
 八重は、自分を殺した姉の行方が気になっているようだ。数百年経った今も、彼女の行方は知れない。死んだのか、人ならざるものになったのか。それは、弥助も知らないことだった。

 「さあね。それはあっしにも分からない。死んでいるならもうどうしようもない。人ならざる者になっていたとしても……探し出すのは困難でしょうね」

 「あの赤い着物がなければ、私も姉様もずっと幸せに暮らせただろうに」
 八重は、そういいながら枝を飾る桜の花を優しく撫でた。
 あの着物さえなければ、二人は笑いながらこの桜の木を眺め、恋の話や楽しいこと、辛いことを語ることができたのかもしれない。

 「いや、あの赤い着物が存在していても……幸せな毎日は送れていたでしょうよ。あんた達は、道を間違えただけだよ」
 
 そういって弥助は、手に掴んだ桜の花びらをふうと吹いた。

 桜の花びらは、風を受けて舞い踊り、やがてどこかへと消えていった。


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一日で書いた作品。文章とか色々破綻しているけどお気になさらず。
それじゃ。