魔王様はご機嫌斜め(33.不機嫌)




 魔王、夜鷹(よだか)は、ご機嫌斜めであった。黒い壁にくっついている、赤黒い椅子に、足を組んで座り、目の前にある、黒く冷たい石を切って作られた机に置いてある水晶玉に映るものを、大層面白くなさそうに眺めていた。
 黒く長い髪の毛に、切れ長の瞳。彼が魔王でなければ、相当女性にもてていたに違いない。事実、彼が半年程前まで住んでいた魔界ではもてもてであった。
 彼は、今、誰がどう見ても不機嫌であった。話しかけてきた者を「うるさい」と言って殺しかねない位、機嫌が悪かった。
 そんな彼の様子を遠くで見ているのは、彼の信頼する従者4人組であった。
 4人は、これまた黒くて冷たい石で出来たテーブルを囲んで、夜鷹に聞こえない位の声で話していた。

 「夜鷹様は、今日も機嫌が悪そうだな」
 そう口にしたのは、闘拳士(とうけんし)である男、黒金(くろがね)であった。しっかりと鍛えられた上半身には何も纏っていない。左腕には、不思議な文様の刺青がある。

 「当たり前よ。ことあるごとに、あの小娘……月宮(つきみや)といったか。あれが邪魔をするのだから。全く、仲間も作って、この頃どんどん強くなっている」
 忌々しそうに語るのは、双剣士(そうけんし)の女、赤薔薇であった。その名にぴったりの、短い赤い髪の毛に、赤い瞳。魅力的なラインを描く体。誰が見ても、美しいと思えるような女であった。

 「きっと、そう遠くないうちに、彼女はここまでやってくるでしょう。そして、夜鷹様を倒そうとするでしょうね」
 眼鏡をかけた、柔らかな笑顔が印象の男。賢者である篝火(かがりび)だ。灰色のローブを身に纏った篝火は、知恵の輪に挑んでいた。
 更にその彼の隣にはネクロマンシーの骸(むくろ)がいる。黒いローブですっぽりと体も顔も覆っている彼は、会話には一切加わろうとせず、一人静かに座っていた。
 赤薔薇が、テーブルを叩いた。

 「忌々しい。人間の分際で、我らの邪魔をするとは。あんな小娘なんかに、夜鷹様を殺させるものですか」

 「勿論だ。無能な雑魚共には任せていられない。我らもそろそろ動き出した方がよいだろうな」

 「そうですねえ。私も久しぶりに暴れたいですしねぇ。痛みと苦しみに悶える、あの娘の顔を見てみたいです。ふふ、想像するだけでも興奮する」
 この変態め、赤薔薇は不気味に笑う篝火に言った。

 「男の流す血を見て欲情する貴女に言われたくありませんね」

 「なんだと、この!」
 席を立った赤薔薇が、篝火につかみかかる。それを、黒金が引き離した。

 「やめぬか。夜鷹様の前で。……今の夜鷹様は大層機嫌が悪い。下手すれば、我らすら殺されかねない」
 赤薔薇はまた席に座りなおした。

 「面白くない。兎に角、少しでも作戦を遂行していかねば。そうしなければ、夜鷹様の機嫌はいつになっても悪いままだわ」

 「そうですねぇ。機嫌の悪い夜鷹様ほど怖いものはない。どうにかせねば、いけませんね」

 「その為の作戦を考えていかねばなるまい。あの月宮という娘、そしてあの娘の仲間を抹殺せねば。必ず、な」
 そういって4人(といっても骸は全く話に加わる気配がないので、実質3人である)は、夜鷹の野望を阻止せんとする月宮及び彼女の仲間達をどうやって倒すかについて、話し合いを始めるのだった。

 全ては夜鷹様のために。

 (ふん、馬鹿共め。我の気持ちを勝手に決めおって)
 遠くから聞こえる赤薔薇たちの声を聞いていた夜鷹は、心の中で彼らを蔑んでいた。
 親しい者でも、その人物の機嫌が悪い理由を推し量ることは難しい。勝手な主観で物事を決め、自分の主観が間違っているという可能性を考えもしないで、話を進めることは珍しいことではない。
 魔王、夜鷹の機嫌が悪い理由。それは、月宮達に自分の計画を邪魔されているからではなかった。

 夜鷹は、月宮が最近彼女の仲間になった大剣士(たいけんし)の男、夜霧(よぎり)と、異様に仲良しこよししているのが気に食わなくて、機嫌を損ねているのだ。
 夜鷹は、自分を倒そうとしている勇者である娘、月宮に恋をしていたのだ。

 夜鷹は、魔界で退屈な日々を過ごしていた。少しも変わることのない日々は酷くつまらないものであった。
 夜鷹は、ある日黒金・赤薔薇・篝火・骸と彼らの下っ端らを引き連れて、魔界を出た。そして、この世界へとやってきた。
 そして彼は、この世界の中心となっている国へ姿を現し、城を乗っ取り、闇の力を流し、国民達をモンスターにし、手下にした。近くにあった森は魔の森と化し、動物達はモンスターと化した。
 闇の力はその国を中心に徐々に世界中を蝕み始めていった。そして世界中は少しずつモンスターで溢れていくようになった。
 このまま行けば、闇の力は世界中を覆いつくし、この世界を魔の世界へ変えてしまう。
 夜鷹は、暇つぶしのためにそんなことをしているのだった。この世界が闇の世界に変わった後のことは考えていない。つまらなくなったら、また次の世界へ移ればいいか、くらいのことしか考えていなかった。
 幾人かの勇者達がこの城へやってきて、夜鷹を倒そうとした。が、全員返り討ちにした。自分に刃向かう人間がいるということは、なかなか楽しいことであった。しかし、彼らは弱かった。夜鷹に傷一つつけることはできなかった。

 自分の世界が、魔に染まっていくことを良しとしなかった、一人の少女がいた。その少女こそ、月宮であった。月宮は、魔王を倒すために女を捨て、周りの制止を振り払って旅へと出た。少し剣が使えるだけの弱い娘。無謀としかいいようのない旅であった。
 そんな娘を、夜鷹は水晶玉を通して見ていた。彼は、月宮のことを一目みて気に入った。早い話が一目ぼれである。
 夜鷹は、下っ端達を使って何かと月宮にちょっかいを出していた。殺しはしない。でも、いたぶることはした。頑張る彼女の姿、苦しむ彼女の姿、時に挫折して涙を流す姿。それは、とても愛しいものだった。
 夜鷹は、彼女がこの城までやってくることを心の底から楽しみにしていた。強くなった彼女と戦う自分の姿を、彼は想像した。きっと、それはそれは甘美な時間を過ごすことができるに違いない、そう彼は思った。
 もし彼女に勝ったら。彼女の意識を奪って、自分の妻にしようか。いや、それではつまらない。そうしたら、彼女の魅力が何もかもなくなってしまう。けれど、彼女を手に入れる方法など他にあるだろうか?ああ、彼女の仲間達は羨ましい。彼女の傍にいつもいることができるのだから。
 夜鷹は、水晶玉に映る彼女の姿を見ながら、いつもそんなことを考えていた。

 そんなある日のことだ。
 月宮のパーティーに新しい人間が増えた。夜霧だ。単純熱血馬鹿という言葉を具現化したような男だった。この男、何かと月宮につっかかる。やれペチャパイだ、やれ凶悪女だ、彼女に低レベルなことばかり言って、喧嘩をふっかける。最初は月宮も、ふざけるなこの馬鹿男だとかなんとかいって、その喧嘩を受けていた。
 その喧嘩すら、夜鷹には羨ましかった。
 そんな二人の距離は、何だか知らない間にぐっと近づいていった。夜鷹が水晶玉を見るたびに、二人の仲が良くなっている。最初はただの仲間。今は……。

 (あれでは、まるで恋人同士ではないか)
 いがみあいはただのいちゃつきあいへと変わっている。今は、まだ魔王を倒すという目標があるから、完全な男女の関係になることはないかもしれない。
 けれど、もし全てが終わったら、もし、自分が彼女に倒されたら。そしたら、彼女は彼と……。

 (腹立たしい。今すぐにでもあの男を八つ裂きにしてやりたい)
 水晶玉に映っている月宮一行は、武器や食料を調達するために、市場へ足を運んでいた。皆、ばらばらになって好き勝手に行動している。
 だが、何故か月宮と夜霧は別行動をとってない。二人一緒に買い物をしている。
 ふと、夜霧が女物の髪飾りを手に持ち、それを買った。そして、それを月宮に渡した。

 「たまには、こういうものもいいだろう」
 顔を真っ赤にしながらそういう夜霧を見て、月宮が満面の笑みを浮かべる。

 「ありがとう。大事にするわ」

 (女を、捨てたのではなかったのか。月宮よ)
 髪飾りを大事そうに抱きしめる月宮の姿を、夜鷹は苦々しげに見つめていた。その表情を見て、赤薔薇がまた見当違いなことを言っている。
 兎に角、腹が立つ。

 夜鷹は、まずはあの男を殺そう、そう思った。
 夜鷹は、赤薔薇を呼びつける。

 「まずは、最近月宮のパーティーに入ったらしい、夜霧という男を殺せ。あの男と月宮はかなり親しい様子。彼を殺せば、月宮は精神的にショックを受けるだろう」
 夜鷹の言葉を真に受けて、赤薔薇が「かしこまりました」とその命令を受けた。そして、早々に城から出て行く。

 (我の思いなど、誰にも分からぬ。赤薔薇にも、黒金にも篝火にも、骸にも。そして、月宮にも)
 それを考えると、ますますいらいらしてくる。

 夜鷹は、腸が煮えくり返る思いをしながらも、ずっとずっと月宮のことを見続けているのだった。