桜山伝説
昔々のこと。
桜村には、一人の巫女がいた。巫女の名は、桜。
頭から滝のように真っ直ぐ流れるたおやかな黒髪は、地についてもなお流れ、日を受けた清水の如く輝く。肌は白粉いらずの真白の雪、眉は丸くくっきりと。睫は長く。瞳は大粒の黒真珠。口にひいた紅の色、よく熟れた林檎の色。白衣の下に赤い衣、花椿の色をした袴の巫女装束は、彼女の姿を神聖なものへと昇華させる。衣から仄かに香るのは桃の花の匂い。
その華奢で儚い体の内に秘めたるは、強大な力。村や山に蔓延る奇想天外にして摩訶不思議なる魑魅魍魎どもを、霊験あらたかな神木より造られた弓矢を以て滅する。雨を乞えば、命の雨が大地を、田を、木々を潤す。また、医者さえ治せぬ重き病を神より与えられし力で治す。先に起こることを予知することもあった。
桜は非常に強い心の持ち主で、どんな怪しき者にも、どんな恐ろしい姿をした者にも臆することなく立ち向かっていった。その姿、遥か昔に山より出でし大鬼に一人立ち向かったという大男よりなお逞しい。どんな女よりも女らしい美しき姿でありながら、どんな男よりも男らしい強き心を持っていた。
さて、桜村にある桜山には一匹の狐がいた。その狐、齢すでに五百年を超える化け狐であった。化け狐、畜生の分際で出雲なる大層な名前を持っていた。出雲なる狐、山に入る人々を鋭い歯で次々とかみ殺し、その者らの肝を喰らっては力を蓄え、その力はすでに強大なものとなっていた。
出雲、ある日強大な力を持つ桜の存在を知る。
「そこらにいる人間の肝を何千何万喰らうより、その巫女の肝一つ喰らうほうが余程よいだろう。怪を滅し、雨を降らし、病を治し、先の世を視るその力、我がものにしようぞ」
ある日桜村に一匹の狐が現れた。真白の雪をかぶったかのような色の身体は並の狐より一回り大きく、それでいて細くしなやか。瞳は柊の実のように赤い。鋭い歯には赤黒い血がこびりつき、尾は九つに分かれていた。この怪しき狐こそ、出雲なり。
出雲、罪なき者に次々と襲い掛かり彼らの命をことごとく奪い去る。悲鳴をあげ、泣き喚く女子供にも情け容赦なく襲い掛かり、殺していく。若い男衆、火矢を放ち、大きな石を放つも、出雲に傷一つ負わせることもかなわず。村人たちには成す術なし。騒ぎを聞きつけて、桜が社をでてみれば目の前に広がるのは真紅の血の海。聞こえるは、出雲が村人の首の骨を噛み砕く音、痛みと恐怖入り混じる村人たちの呻き声。
呆然と立っている桜に気づいたのか、出雲は口から血と肝と肉を滴らせながら、おぞましい笑みを浮かべる。
「これ以上村人たちを殺されたくなければ、お前の肝をよこすが良いぞ」
「さては、私の力が目当てか。ならぬ、貴様のような怪に、この力を渡すわけにはいかぬ。貴様に我が肝を渡しはせぬ」
「ならば、村人たちが皆死んでも良いのか」
「皆が殺されてしまう前に貴様を倒せばよいだけのこと」
桜、出雲の事など恐れもせず、真っ直ぐな瞳で出雲を見る。出雲、全くおのれを恐れぬ桜に苛立ちを覚え、一声鳴くと桜に飛び掛っていく。その姿、迷うことなく的の中央めがけて走る矢の如し。
桜は、逃げることなく、凛とした表情で弓を持ち、己の力をこめた矢を出雲に向けて放つ。その矢、迷うことなく出雲の心の臓を狙うも、出雲の放った狐火に、跡形残らず燃やされた。
桜と出雲の戦いは三日三晩にも及んだという。どちらも互いの技に傷つき、疲れ果てたが、一瞬でも隙を見せようものなら相手に殺される。お互い、己が強き心のみで立ち上がり、戦い続ける。朝も夜もなく、晴れも雨もなく、ただただ戦い続けるのみだった。
そして、黄色い陽が鬼灯色に変わる頃決着はようやくついた。
桜が、地にどうと倒れたのだ。いかに強き力を持つ巫女なれども、その身は人。かよわき女子(おなご)。長い時間、一時の間も休まずに戦い続ける事は、不可能であった。桜、雪の如き白い肌を袴の色と同じ紅に染め、その口からも紅の血を吐き、少しも動かない。出雲の嘲笑う声が耳に届くが、もう口を開くことかなわず。ただ、ああくやしい、くやしい。おのれ、この化け狐がと心の中で悪態をつくばかり。
もう少しも動けぬ桜を見下ろす出雲、傷だらけになり、朱に染まった体を大きく揺らし、己が勝利を喜んだ。
「所詮貴様もただの人か。無様よの。さあ、貴様の肝と力、頂戴しよう」
出雲、一言そういうと、虫の息の桜の喉もとにがぶりとかみついた。桜、一声何か叫び、そして息絶えた。出雲は、朱に染まった装束ごと桜の肉を食いちぎり、その美しき体の中にある肝を喰らい始める。生きていた村人達は成す術もなく、ただただその様子をみているしかなかった。
あっという間に桜の肝を喰らった出雲は、こぉんと一声嬉しそうに鳴くと、そのまま山へと消えていった。村に残ったのは、村人の屍と、血と、抜け殻のようになった人々、そして桜の無残な姿。
出雲、己の中に湧き上がる力に興奮し何やら叫んでいる。勝利を喜び、強大な力を手に入れた事を喜んだ。体の傷はみるみるうちに消え失せ、疲れもどこぞへと吹き飛んだ。
「噂の巫女の力、確かに本物だったようだ。なかなかに美しき巫女だった。何より強かった。もしかしたら我の方が負けていたかもしれぬ。あの巫女、殺すにはちと惜しい人間だったかもしれない。まあ、よい。そんなことは関係ないのだ。とにかく、我は強大な力を手に入れたのだ、嬉しきことよ」
あまりに嬉しいのか、あまりに体の内から湧き上がる力が強大すぎるのか。出雲は一匹で歌いながらあっちへ行き、こっちへ行き、あちこちを跳ね回る。その様子の滑稽なことといったらない。
と、しばらくたった時。出雲の動きがぴたりと止まる。そして次の瞬間苦しそうに呻き、暴れだした。
「やや、なんたること。痛い、痛い、苦しい。何だ、体の中が熱い。胸が苦しい。痛い、痛い。何かが、何かが我の体の中で暴れているようだ。さては、さてはあの巫女の魂が」
桜の魂、出雲に喰われながらもなお出雲を殺そうと、出雲の体内を縦横無尽に駆け回り、暴れ続ける。
「おのれ、我を殺す事を未だ諦めていないというのか。くそ、痛い、苦しい、苦しい、痛い、熱い、熱い、熱い、熱い、ぐああああ」
出雲、どうにか暴れまわる桜の魂をおとなしくさせようと、溶けた鉄を体内に流されたような苦しみに耐えつつ己が力を桜の魂にぶつける。が、桜の魂、決して怯むことなく暴れ続けて、出雲の体内にある、ありとあらゆるものを溶かしつくす。
やがて、桜の魂が出雲の心の臓を溶かしつくし、出雲はぐえっと呻いて息絶えた。
それから数日後、村人たちが山の中で息絶えている出雲を見つけた。村人達は、己の命と引き換えに恐ろしき化け狐を殺した巫女、桜を奉る為小さいながらも立派な神社をたてた。更に、巫女を殺し、巫女に殺された狐に今後祟られぬよう、その狐も共に奉った。
その神社の名は桜山神社という。
その神社は、今なお桜山に残っている
************
書きかけのものから抜粋。一応新作ってことで!舞台は鬼灯一夜と同じ町です。
話の中ででてきている「出雲」は鬼灯一夜の「出雲」と同一人物(人物?)。
伝説の中では死んだとされているけれど……?