鬼灯一夜
氷を三つほど入れた水のように冷たい空は、熟れた柿の色から、夜の色に変わりつつあった。鬼灯の実のような夕日はもうそのほとんどが地平線に埋まっていた。薄荷飴の色をした月が、白い光で氷を入れた水のような空を優しく照らしていた。カラスや小鳥の鳴き声も、人々の声も少しずつまばらになりはじめて、世界はしんと静かになりはじめていた。
桜町の西の外れには、通称『おばけ通り』という通りがある。田舎町とはいえ、町の中心は商店街やビル、駅や店、住宅が密集しているためそこそこ活気がある。が、町の中心から離れた場所は、昔からある家や店や田んぼがぽつぽつとあるだけである。そんなよく言えば長閑で悪く言えば寂しくて静かで廃れている町の外れの中でも『おばけ通り』は輪をかけたように寂しくて静かだ。おまけにじめじめしていて気味が悪くて、暗い。
桜町の北西にある標高二百メートルほどの桜山を傍に見る『おばけ通り』というのは、もう何十年も前からそこにある、小さな居酒屋とおばあちゃんが一人でやっている雑貨屋の間にある道から行ける通りである。
二、三百メートルほど続く栗色の地面の細い道の両側に木造の家がずらりと並んでいる。家といっても、もうその家達に住んでいる人間は誰もいない。どの家もぼろぼろで、まともに残っているものなどほとんどない。あるものは屋根が吹き飛んでいるし、あるものはヨーグルトをガラスに混ぜたような濁った色の窓が割れているし、あるものは完全に虫や風にやられて崩れている。障子はびりびりに破れているし、木の戸は外れて倒れているし、畳からは茸のようなものが生えている。どれもこれも、もう家とは呼べないような代物になっている。
ここに住むのは、蜘蛛と野良猫、野良犬のようなものである。誰もこの通りには近づかない。あまりにも気味が悪いのだ。
気味が悪いだけではない。ここは「出る」らしいのだ。何が。……幽霊と妖怪である。ここを根城にしようとした不良や、住居にしようとしたホームレス、秘密基地にしようとした子供達、ここの取り壊し工事をしようとした会社の作業員らが、この通りでのっぺら坊やら天狗やらろくろ首やら、足のない女やら血だらけの落ち武者やらを見たというのだ。
みただけではない。ここに関わったもの、関わろうとしたもののほとんどが病気になったり、怪我をしたり、不幸な出来事に見舞われたりした。そのため、この通りに近づくものはいつの間にかいなくなった。
通りの入り口には『立ち入り禁止 入って酷い目にあってもしらないよ』という真面目なのかふざけているのかさっぱり分からない看板がたち、黒と黄色のしましまのロープが張られている。
そんな、気味の悪い通りを人々は『おばけ通り』といつの頃からか呼ぶようになったのだ。
そんな、誰もいないはずの『おばけ通り』を半分ほど進んだ先に『鬼灯』はある。
『鬼灯』は他の建物と変わらず、小さな建物だった。横長のその建物は、この通りにしては珍しく、目にみえて壊れているところがない。
黒ずんだ木を組み立ててできた質素な建物。屋根に瓦はなく(他の建物もほとんどそうだが)、ペンキも塗られていない。壁と同じ、朝見ても暗く見える色の木で出来たやや平べったいものである。入り口の戸は上半分が障子、下半分がガラスだった。障子に張られた紙は、古本屋で売られている古書のように黄ばんでいる。みればところどころ指であけられたような小さな穴がある。下半分にはめこまれているガラスはにごった色をしていて、建物の中の様子を見る事は出来ない。みれば、菊の花の模様が右下にある。戸の両端には、鬼灯の形をした提灯がぶら下がっており、達筆なのか下手糞なのか分からない字で『居酒屋』と書かれている。提灯にあかりは灯っていない。
やがて、鬼灯の実のような夕日が地平線という地面に完全に埋まって、空が完全な夜の色になった頃『鬼灯』から一人の男が出てきた。
高くもなく低くもない背で、やや細身のその男は細く尖った顔に狐のお面をつけていた。
牛乳のように白い面で、鮮やかな赤で耳や髭が描かれている。金の眼に黒い瞳。まぶたは耳や髭と同じ赤で描かれている。人を睨んでいるような小馬鹿にしたような表情のそれは、祭りの屋台で売られていそうなものだった。面を被っているため、男の年齢をうかがい知ることは難しい。髪の毛は漆黒で、白髪はない。指は細くて骨張っている。皺はないから、高齢ではなさそうだが若くもなさそうだった。
紺色の着物姿で外に出た男は、はぁと月の光と同じ色の息を吐き出しながら身震いする。そうして、提灯にゆっくりとあかりを灯した。
そして何かを思い出したかのように一度建物の中に入り、また出てきた。手には藍色の暖簾があった。男は低い声で「寒い」と一言漏らした後、暖簾を戸にかけた。暖簾には白い文字で『鬼灯』と書かれている。やはり、達筆なのか下手糞なのかは分からない。
男は両手を着物の袖に突っ込みながら、建物の中へとまた入っていった。ぴゅう、という冷たい風が暖簾をぱたぱたと揺らした。
見てのとおりというかなんというか、『鬼灯』は居酒屋である。さて、誰も近づかない、この通りに何故男は店を構えているのだろうか。そもそも、ここに住んでいる人間は誰もいない筈なのだが。答えは至極単純にして、奇妙奇天烈摩訶不思議。
この居酒屋『鬼灯』は妖怪や幽霊……つまり『人ならざる者』の為の店なのである。先ほどの男も、人間ではない。
『鬼灯』は通常、人間は見る事も入る事もできない店である。
この店がある場所には、本来は何もない。象に踏まれたかのようにぺしゃんこになった家の残骸があるにはあるが。
普通の人間には、『鬼灯』は見ることはできない。暖簾や提灯を見る事もできない。見る事ができない、認識できない建物に入る事など不可能だ。霊能力者も見る事はほとんどできないらしい。ただ、たまに特に霊能力が無くても『鬼灯』が見えることがあり、実際に店に入って飲み食いをすることもできるらしい。が、それは極めて稀なケースのようだ。
そもそも『鬼灯』は、我々が住んでいる世界に存在しているものではないのだ。
そんな『鬼灯』は、狭い。カウンターは正面から見て凹型になっているが両端は壁にくっついているため、椅子が置けない。窪んだ部分は調理場である。ようはカウンターと呼べるのは、入り口から見て正面にある一面だけである。
背もたれの無い、小豆色の座布団が敷かれた木の椅子は八つだけで、真一文字に並んでいる。それでも十分だった。一日に何十人もの人ならざるものがいっぺんにくるなどということはない。どうしても足りない時は、必殺『人ならざるものが使えるすごい力』を使ってどうにかすればいいだけの話だ。
調理場の向こう側は真っ暗で何があるのか見る事はできないが、恐らく主人の生活する部屋などがあるのだろう。
店の中は殺風景で、これといった飾りはない。ただ左の壁にメニューのかかれたぼろぼろの黄ばんだ紙が張られているだけだ。明かりはついているが、その明かりが何によるものなのかは、不明である。
男は、もつの味噌煮込みの入った鍋を無言でかき混ぜながら客が来るのを待つ。
そのほかにも、秘伝のだし汁でこれでもかというくらいぐつぐつ煮込んだおでんもある。魚の煮つけや、豚の角煮、おにぎりなどたくさんの料理が調理場にある。うどんや蕎麦の汁や天ぷら粉、天かすなどもある。……一体食材はどこから仕入れているのだろうか。疑問ではあるが、あまり気にしない方がよさそうだ。
店を開いてから十分ほどが経った頃、がらっと勢い良く戸を開けて最初の客が入って来た。
その客は、店に入るなり大きなくしゃみをする。男は大柄で、がっちりとした体つきである。濃い茶色の髪の毛はぼさぼさしていて、ぴんぴんとあちこち跳ねている。肩ほどまであるそれは、無造作に束ねられている。目はややたれている。顎には、無精ひげが生えている。
適当にそってのばして、また適当にそって、を繰り返しているようだ。 緑色の半纏に下駄姿の男は、見た目は二十代半ばから三十くらいである。男は人懐っこい笑みを浮べながら、一番左側にある椅子に足を大きく開いてどかっと座った。店の主人が、静かに顔をあげた。
「いらっしゃい」
小さい声で主人がそういうと、男はども、と大きな声で返した。
「こんばんは、鬼灯の旦那。おや、他の客はまだ来てないっすか。それじゃあ、またあっしが一番っすね」
男は、一番乗りできたことが嬉しいのか、とても弾んだ声でそういった。男はほぼ毎日ここを訪れる。そして、大体一番乗りなのだった。
「ああ。大体いつもあんたが一番乗りだよ、弥助さん」
主人にそういわれた客、弥助はまあそれもそうなんですがねと返した。
一番目の客、弥助は見た目こそ人間だがその正体は齢八百年ほどの化け狸。正真正銘の妖だ。
今はただ人に化けているだけで、真の姿はばかでかい狸である。人ならざる者たちの多くは、人間と関わることをやめたが、弥助は違う。弥助は人間の世界に酷く興味を抱いていて、大胆にも人間の世界で人として生活をしている。
今は、小さな喫茶店でアルバイトまでしているというのだから驚きだ。しかもこの男、あろうことかその喫茶店で一緒に働いている人間の娘に恋をしてしまったのだ。もうべた惚れらしく、彼女の話をする時の彼の顔といったらもう本当に酒を飲んで酔っ払ったようにでれでれのべろべろになるのだった。
この男、しまいに自分が妖である事をすっかり忘れてしまいそうだった。そして仲間たちが彼の事を忘れかけた頃にひょっこり現れて、人間との間にできた子供を見せにやってくるかもしれない。長くの間人間の姿で居続けたがために、真の姿である狸に戻る方法を忘れてしまったこの男ならやりかねない。
主人はお面の下で微笑むと、空色のどんぶりを一つ手に持った。もう、弥助が最初に注文する品は分かっているらしい。
「やっぱり、最初はあれを頼むかね」
「そりゃあもちろん。あれを食べなきゃ一日が終わりませんぜ」
「はいはい。それでは、すぐに用意をしよう」
主人はそういうと、奥の部屋に向かっておいと声をかけた。するとぱたぱたという足音と共に、美しい女が一人出てきた。若くも見えるし、中年のおばさんにも見えるその女は、真っ直ぐで艶やかな黒髪を腰ほどまで 伸ばしている。切れ長の瞳は柳の葉のように細い。肌は白い。桜の花びらの色の着物を着た女は主人の奥さんで、名を柳という。彼女は人間から柳女と呼ばれている妖である。柳は、弥助を見るとにこりと微笑みながら小さく頭をさげた。
「いらっしゃい、弥助さん。今日も最初はあれですか」
「ええ、もちろんっすよ」
「ほほ。そうですね、貴方が一番最初にあれを頼まない日はありませんものね」
そういいながら柳は桜海老と葱と人参と玉葱の入ったかき揚げを三つ揚げ始めた。
カラカラカラという心地よい音が店の中に響き渡る。その音を聞くたび、弥助の口の中がつばでいっぱいになってしまう。弥助はそれをごくりと飲み込みながら、それが出来上がるのを待った。
柳がかき揚げを揚げているとき、主人は調理場のすみにある、規則正しく並んでいる蕎麦の束が入った古びた木箱の蓋をあけて、そこから二束ほどとりだした。本当は一束でも十分なのだが、大食漢の弥助の場合一束だと足りないのだ。だから、弥助に蕎麦を出すときは二束と決めている。本当は三束も四束もいけるんですがね、と弥助は言っているが蕎麦だけでお腹一杯になられるのもなんだかなぁということで、二束にとどめているのだ。良い蕎麦粉を使い、つなぎもほとんど使わず作られた麺は、ほとんどが小麦粉でできた安物よりもずっと香り高く、また美味い。主人は、その蕎麦を湯の入った鍋に丁寧にいれてそれを茹で始める。弥助は掻き揚げの揚がっている音を聞きながら、湯気がでている鍋をぼうっと眺めていた。
「毎回毎回この蕎麦が出来る様子をじっと見ているのがたまらなくあっしは好きっすねぇ。好きなものを待つっていうのは、いつだってドキドキワクワクすることなんですよね」
「全く、弥助さんは童のようですね。好きなものをそわそわしながら待ち続けたり、些細なことでも楽しんだりできる童ですわ」
褒められているのか、馬鹿にされているのか。どちらかといえば後者のような気はするが、とりあえず弥助は褒められていると思うことにして、いやあそれほどでもと頬をかいた。
柳はくすくす困ったように笑いながら、からからに揚がった掻き揚げを油を軽くおとしてから皿においた。それから程なくして、蕎麦も茹で上がったようで、主人は大きめの丼に透き通った色をした、出汁のきいた汁をその中にさっといれた。そして茹で上がった蕎麦をその中にそっと入れた。ねずみ色の蕎麦が透き通った茶色の汁にゆっくり沈んでいく。そして丼に蓋をするように、さきほど揚がった掻き揚げをさっとおいた。香ばしい香りが弥助の腹と口の中を刺激する。
「ああ、これこれ。この匂い。ああ、もう本当になんともいえませんねぇ」
完成したたぬき蕎麦の香りを弥助は鼻をひくひくさせながら嗅いで、幸せそうな表情を浮かべた。その表情は、なるほど確かに大好物を目の前にして幸福に浸っている子供のようだった。
柳が、丼を弥助の前にそっと置いた。黄金色の掻き揚げは、本来この居酒屋のたぬき蕎麦にはいれず、天かすを入れるだけなのだが、常連客である弥助が頼むたぬき蕎麦には特別にいれてある。たぬき蕎麦、というよりはかきあげ蕎麦といったほうが正しいかもしれない。
弥助は、大きな声でいただきますというと左手で丼を持ち、まずは掻き揚げを一つ大きな口を開けてぱくりと食べた。しかも一口で。そしてその掻き揚げの下に隠れていた蕎麦を大きな音を立ててずるずるとすすり始めた。それはもうすごい勢いで、水を飲むような速さですするものだから、みるみるうちに汁に沈んでいた蕎麦は消えていった。急いで食べる上に、豪快に食べるものだから、せっかく主人が綺麗に拭いたカウンターの上に汁やら掻き揚げや蕎麦のかすやらが飛び散ってしまう。ずるずるびゅるっと弥助が蕎麦をすするたび、カウンターの汚れは酷くなっていく。主人は面の下で苦笑した。いつものことで、もう慣れてはいるがやはり何度見てもその食べ方には呆れてしまう。
「もう少しゆっくり食べてくれないかね。蕎麦は逃げやしないよ」
「全く、そんなにこぼして。本当、童みたいな食べ方ですね」
柳も困ったような顔をしながら肩をすくめる。おいしそうに食べてくれるのはいいのだが、やはりもう少し綺麗に食べて欲しいとはおもう。
「まあ、自分を馬鹿にした子供を本気になって追いかけたり、子供の遊びにムキになって自分が勝つまで延々とその遊びを続けたり、子供に自分の好物をとられて本気で泣き出したりするような人だからね、しょうがないといえばしょうがないのだがね」
という主人の言葉を聞くと、弥助は急に慌てだしてごほごほとむせてしまった。柳があわててだした水を飲んで、どうにか落ち着いた。
「な、なんで鬼灯の旦那がそんなことを知っているんですか」
「この前出雲さんから聞いたんだよ」
そう主人がいうと、弥助の顔が真っ赤になった。どうやら怒っているらしい。
「あの馬鹿、余計なことをペラペラ喋りやがって……後で覚えてろよ」
どうやら「出雲」という人物とは仲が悪いらしい。しかし、すぐにたぬき蕎麦をまだ食べ終っていない事を思い出すとまた食べることに集中し始める。至極単純な奴である。
「蕎麦も香りがあっておいしいですけど、この掻き揚げもまた美味いっすよねぇ。人参と玉葱の優しい甘さに、桜海老の磯の香りとほどよい塩味、さくさくした衣。また、この衣にやや甘めの汁がすっと染みこんで……くぅ、なんともいえないっすね」
三流のグルメリポーターのようなことを一人でいいながら、弥助は二つ目、そして三つ目の掻き揚げをやっぱり一口で食べると、少しだけ残っている蕎麦をすすり、最後に丼を両手でもって汁をごくごくと飲み干してしまった。別に飲まなくてもいいのに、といつも主人と柳は思うのだが、人間と違って塩分をとりすぎたからって体を壊すことも滅多にないから口にはださない。
すっかり丼が空になると、弥助はぷはぁと息を吐いて、口の周りについた汁を手でぬぐった。何かをやり遂げた時に浮かべる表情を何故か浮かべながら、弥助は丼をカウンターに置いた。
「いやあ、美味かったっす。あっしは、もし死ぬ時はこのたぬき蕎麦がたくさん入った鍋の中で死にたいと常々思うっすよ」
「ほう。ならば今すぐやってみるかね?協力してやるよ」
そう主人が意地悪い声で言ってやると、弥助は慌てて首と両手を振った。
「いやいや、いや。嫌ですよぉ、あっしはまだ死にたくないっす」
「冗談に決まっている。生憎、あんたのような無駄に大きな体がすっぽり入る位の大きさの鍋がないものでね」
「あったらやっていたんすか?」
「さあ、どうだかね」
そういって、主人ははははと笑った。果たして面の下に隠れている目は笑っているのだろうか、笑っていないのだろうか。表情を読み取れないから、主人の考えていることは分かりづらい。分かりづらいから、余計に怖い。弥助は鬼灯の旦那にはかなわないや、と冷や汗を流しながら柳にもつの味噌煮込みと日本酒を頼んだ。
外はもう本当に暗くなっていた。空には薄荷飴のような月が浮び、ぴかぴかに磨きあげられた金や白金の星が瞬いていた。空に溶かされた氷の数はどんどん多くなっていって、空はますます冷たくなった。
そんな頃、『鬼灯』に次の客が入ってきた。客は、天狗だった。
三十センチほどある細くて長い鼻、太い眉毛と大きな目は弥助とは対照的に釣りあがっている。白目の部分は、金箔を貼り付けたような黄金色で、瞳は黒い。その顔は、現代日本においては、天然記念物とも呼べる超頑固親父のそれのような、厳格で恐ろしいものである。小さな子供が見たらわぁと泣きながら逃げてしまいそうなものだ。艶のない、硬くてボサボサした髪の毛は、だらしなく胸まで伸びている。肌の色は唐辛子のように真っ赤だ。背は弥助よりも頭一つ分高い。山伏の格好をした天狗は、体を丸めて戸をくぐった。そうでもしないと、戸に頭をぶつけてしまうのだ。そして、弥助の右隣の椅子にどかっと足を大きく開けて座った。
「こんばんは、鞍馬の旦那。今日も外は寒いっすねぇ」
「こんばんわだ、弥助。ああ、ここ数日は特に寒いな。我の住んでいる山は、ここよりもっと寒いぞ」
そういって鞍馬と呼ばれた天狗は、自分の住む山のある方を指差した。鞍馬は、桜山の頂上近くに住んでいる。ただ、彼の住んでいる場所には結界が張られているため、人間が入ることは出来ない。入ることができたとしても、あっという間に結界の力でそこから追い出されてしまう。ゆえにそこは人間の干渉をうけていないため、空気は綺麗でゴミもない。美しい木々が切られることもない。しかし、山の上であるため、冬は寒い。
「そのようっすねぇ。ところで、この頃姿をここで見かけませんでしたが、何かあったんすか?」
いつもなら二、三日に一回はこの店を訪れる鞍馬がここ二週間ほど全く姿を見せなかったことが気になって弥助は鞍馬にそう尋ねた。すると鞍馬は急にごほごほと咳き込みだし、弥助からあからさまに視線をそらした。だが、やがて鞍馬はいいにくそうな表情をうかべながら早口で答える。
「いや、あの、その、あれだ。我が住処の近くに住んでいる凶暴猫又とつまらぬことでケンカをしてな。その時、猫又に鼻を折られてしまった。それで少しの間山でおとなしくしておったのよ」
なるほど、弥助がそっと恥かしそうに顔をしかめている鞍馬の鼻をよく見てみると、確かに鞍馬の自慢の鼻のさきっぽがやや折れ曲がっている。どうやらまだ完治していないようだ。鞍馬と、その普通の猫の何十倍いや何百倍も大きい猫又がケンカすることはしょっちゅうあるようだが、今まで鼻を折られるほど派手にケンカしたことはそんなになかったはずだ。つまらぬ理由などとはいっているが、案外とんでもない理由だったのかもしれない。
「あれまあ、それはお気の毒に。ところで、何が原因でケンカしたのです?」
弥助がそう聞くと、鞍馬はまた咳き込んだが結局観念したのか、口を開いた。
「魚を食うとき、頭から食うか尻尾から食うかということで揉めたのだ。あの猫又め、魚を尻尾から食うとはけしらからんと言うて我の大事な鼻を折りおった。今度会ったら奴の耳を引きちぎってくれるわ」
鞍馬は固く握り締めた右手でカウンターをどんと叩いた。弥助は、最初は口を開いてぽかんとしていたが、やがて笑いがこみあげてきたのか口元がぴくぴく動き始め、そしてしまいにはわざとらしく大声をあげ、腹を抱えて涙を流しながら笑い出した。おまえは笑い茸でも食ったのかというような勢いで。
「そ、そりゃあ、まあ、ほ、ほほほほ、本当に……くくく…つま、つまらないこここ、ことで、ケケケ、ケンカしました……ね、ははは
、くく、くっくっく」
「貴様、それ以上笑うとその鼻をへし折るぞ。それとも、貴様の背中にある傷を広げてやろうか」
そう鞍馬が鬼のような形相でぎろりと睨むと、弥助はぴたっと笑いを止めて急におとなしくなった。
「そりゃあ、困るっす。この古傷広げられちまったら、あっしは当分動けなくなっちまう」
弥助はそう言いながら、自分の大きな背中をさすった。弥助の背中には大きな古傷がある。何でも大昔に化け狐につけられた傷らしい。かなり大きな傷で、今も時々痛むのだという。
「ならば、それ以上笑うな。……主人、焼酎を一杯もらおうか。あと、おでんも一皿頼む」
「はい。それにしても、随分こっ酷くやられたね」
主人は、コップに焼酎を注いで鞍馬に手渡す。柳はぐつぐつと音を立てている土鍋から、だし汁や竹輪、蒟蒻、牛すじ、はんぺんなどをすくって白い深皿にいれる。そしてそれを鞍馬にそっと手渡した。鞍馬は元々赤い顔をますます赤くさせ、汗を流しながらそれを受け取る。その様子を見ていた弥助がにやりと笑う。
「おやあ、鞍馬の旦那。随分と顔が赤いっすねぇ。まだお酒も飲んでないのに、一体どうし……ぐはぁ」
鞍馬が柳に好意を抱いていることをしっているくせにそんな事を言う弥助は、鞍馬に思いっきり頭をぐーで殴られた。頭が潰れてしまうんじゃないかというくらい強く殴られて、弥助は涙をながしながら頭を抱えた。
「貴様は黙れ。背中の傷を開けられたくなかったらな」
「あらまあまあ、駄目ですよ鞍馬さん。そんなに強く殴ってしまったら、ただでさえ阿呆な弥助さんがますます阿呆になってしまいますわ」
ふんわりした笑みを浮かべながら柳がそうたしなめると、鞍馬は頬を赤く染めながらこくりとうなずいた。
「う、うむ。そうですな」
一方、頭を殴られた上に阿呆扱いされた弥助は面白くなさそうな表情を浮かべている。主人はお面の下で、弥助を面白いものをみるような目で見つめている。
「酷いっすよ、柳の姐さん。あっしはそんなに阿呆じゃないっすよ」
そう弥助が涙ながらに訴えると、柳は袖で口元を隠しながらほほほと笑った。
「あら、冗談ですよ」
「冗談には聞こえなかったんですがね」
「あら、弥助さんたら。私の言う事が信じられませんの?」
「そうだ。柳さんの言う事が信じられないのか。流石阿呆狸だな」
「私の妻のいう事が信じられないというのかい。あまりそんなこと言っていると、もうたぬき蕎麦を食べさせてあげませんよ」
三人から集中攻撃をうけ、弥助は拗ねる。
「なんであっしだけ、あっしだけ! ああ、もう皆して酷いっすよぉ」
そう弥助が抗議すると皆楽しそうに笑った。特に鞍馬ときたら、酒を一気に飲みながら大声でがっはっはと笑っているのだ。全く、自分が笑われると怒るくせに勝手な奴である。鞍馬は柳から酒のおかわりをもらう。弥助は頬を膨らませながら主人からもつの味噌煮込みを受け取った。
「全くもう、本当に意地の悪い人達っすねえ」
弥助はそういいながら、もつ煮込みを口にいれる。少し濃い目の、甘辛い味噌がもつの臭みを気にならなくさせ、一緒に煮込
まれたごぼうやにんじん、葱はとろとろで柔らかい。糸こんにゃくにも味が染み渡っている。一口食べると、味噌の香りともつ
の独特な香りが口の中に広がり、続いて舌にぴりっとした刺激がくる。続いて酒を飲み干せば、もうなんともいえない幸せな気
持ちになる。
弥助は食べては飲み、食べては飲みを繰り返す。一方、鞍馬は柳によそってもらったおでんの具の中から、だし汁に染められ
て日焼けしたようになっているに卵を箸で器用につかむと、ぱくりと一口で食べてしまった。その様子は、魚を丸呑みする鵜の
ようだった。
「うむ、相変わらずよく味が染みているな。いつ食べても美味い」
「お褒めに預かり光栄だよ」
主人は嬉しそうだ。今度は味のよく染みた大根に箸をのばす。雪のように白かった大根は今はもうその色を変え、冬の道路にパラパラと散っている落ち葉のような色をしていた。大根は、箸を入れると簡単に割れた。その割れた大根の中から、だし汁がこぼれ出る。柔らかく、それでいて形の崩れていないそれを口の中に入れると口の中にダシ汁が、肉をかんだときに出る肉汁のように溢れる。ダシの味とダイコン本来の味が美味く交じり合う。
「こういう寒い日に食うおでんは格別だな。兎角今日は寒い。身が凍りつくようであったぞ。夏の暑さも好きではないが、冬の寒さはもっと嫌いだ」
「あっしも冬は苦手っすねぇ。冬になって喜ぶなんて、雪んこに雪女に雪男位のものっすよ。雪女といえば、この前雪女の小雪と久しぶりに会ったんですけれど、いやあもうものすごく嬉しそうな顔を浮かべていたっすよ。また冬が来た、嬉しい嬉しい。凍てつくような寒さがなんともいえないって」
その言葉に鞍馬は顔をゆがめた。凍りつくような寒さが嬉しくて仕方ないという雪女の気持ちが理解できないようだ。
「我にはどうにも理解できぬな。まあ、雪男になってみればあ奴らの気持ちも少しは分かるかも知れぬがな」
そういって鞍馬はコップに注がれた焼酎をまた一気に飲み干した。酒は味わうものではなく、一気に飲むものというのが鞍馬の信条らしい。
「ははは、でもあっしは雪男にはなりたくないっすねぇ。あっしは暖房のきいた部屋の中で、ミカンを食べながらのんびりぬくぬくやっていますよ」
「暖房?ああ、人間共の使う摩訶不思議な術か。その術を使うと暖かくなるのか?」
「術じゃなくって、機械っすよ。き・か・い。よくあっしがお話するでしょう。ええと、昔でいえばカラクリっすかね。それを使うと、家の中がとても暖かくなるんですよ。寒い日も、それさえあればぬくぬくぽかぽか。もうそうなると外に出たくなくなってしまうっす。ただ、あまりこれを使いすぎるのはよくないようっすね。環境に悪影響を及ぼすとかで」
苦笑いしながら弥助はぷにぷにした食感のもつを口の中に放り込む。
鞍馬は、暖房が一体どういうものかを一生懸命考えているようで、うんうん唸っている。もともといかつい顔が、ますますいかつくなる。
普段山の中で暮らし、人間と接触することのない鞍馬には暖房がどんな形なのか、想像もつかないのだ。今鞍馬の脳内にある暖房像はどのようなものだろうか。
「うん、何というか……長方形の箱だと思えばいいっすかね。白いものが多いっすかねぇ。……ああ、それよりも。この前あげたクッキーはどうでしたか?あれ、朝比奈さんが作ってくれたんですけれど」
朝比奈さんというのは、弥助が恋している娘のことだ。現代の人間の食に興味を抱いている鞍馬に色々な食べ物を食べさせてやろうと、弥助は時々そこらへんにある店で様々な食べ物を買ったり、朝比奈さんに頼んでつくってもらったりしているのだ。もちろん、というか何というか朝比奈さんに何かを作ってもらうときは自分の分もつくってもらっている。
弥助の「これを作って欲しい」「あれを作って欲しい」というワガママな頼みを嫌がらずに快く引き受けてくれる朝比奈さんはなんと心の広い娘だろうか。
鞍馬は一瞬クッキーというなじみのない言葉に首をかしげたが、やがて何を言っているのか分かったのか、ああとつぶやいた。
「ああ、食う気(クッキー)か。せんべいのようなものかと思ったが、全く違う味で驚いたわ。随分甘い食い物だったな。堅いものかと思ったらさくさくとしているし。現代の人間の世界には摩訶不思議な食べ物が多い。貴様から色々人間界の食い物をもらっているが、本当に人間界は興味深いものだ」
「そうっすね。外国の文化がどんどん流れてきていて、鞍馬の旦那の知っている人間の世界とはずいぶん様子が変わっていますからね」
「うむ。まあ、変化するという事はよいことだがな。とはいえ、寂しいものよ。我は昔の方が好きだったからな。まあ、人間の世界がどうなろうと我には関係ない。我は山奥でひっそりと静かに暮らすのみよ」
そういって酒をまたぐいっと飲んで「まあ、そういう我ら人ならざる者や山に住む動物達の静かな生活を、人間どもは平気で邪魔する
のだが」と一言付け加えた。人間に好意的感情を抱いている弥助もそれには同意するしかないのか、ただ苦笑いするだけだった。
「まあ、人間はどこまでも貪欲っすからねぇ。最近じゃあっしの仲間の狸も住処を人間たちに追われて迷惑しているそうっすよ。食うものがないから、民家にある食べ物をあされば、卑しいど畜生めといわれて殺されて。あっしらは有害な動物扱いされるのみ。あっしら狸が悪いわけじゃあないんですがね。まあ、あっしは妖ですから食べなくても死にはしませんけれど」
一部の妖は別に食べなくても死なないが、食べないとなんとなく気分がよくないし、どこか物足りない気分になる。弥助も、別に何かを食べなくてもそう簡単に死にはしない。ただ何か食べることは楽しいことだし、何か食べると気分がいいし、力もでてくるから食べるのだ。鞍馬もまた然り。
弥助は主人から、炊き立てのごはんをうけとってそれをもつ煮込みの中に入れ、御飯と汁をよく混ぜ合わせて一気に口の中にかきこんだ。野菜の旨みと味噌の甘辛さが混ざった汁と、ご飯の組み合わせはまさに最強である。
「狸も大変だな。まあ、どうしようもないことだ。時に弥助、次はどのようなものを持ってきてくれるのだ?」
「へ?はて、どうしましょうかね。にしても、本当に鞍馬の旦那は食べ物が好きっすねぇ。まあ、あっしも人のことはいえないっすけどね」
弥助は、口元についた米粒を手で取りながら次にどんな食べ物を持ってこようか考えていた。鞍馬は弥助の答えを待ちながら、ニラと卵のさっぱりした味のお粥を大口をあけてせっせと食べている。
外から若い娘のすすり泣く声が聞こえ始めたのは、それから二、三分後のことだった。聞いているこっちが悲しくなるような泣き声は、冷たく寂しい外の空気をますます悲しいものにしていった。その泣き声は少しずつ少しずつこちらに近づいてきている。どうやら、この店を訪ねるつもりらしい。
その泣き声と一緒に、若くも無いが老いてもいない、やたら威勢のいい女の声が聞こえる。泣いている娘と一緒にこちらに向かっているようだ。馬鹿みたいに大きな声なので、店の中にいてもよく聞こえる。どうやら泣いている娘を慰めているようなのだが、その女の大きな声がする度娘の泣き声は酷くなっていく。慰めが慰めになっていないようだ。
さらにもう一人いるようだがその人物(といえばいいのか妖といえばいいのか)の声はあまり聞こえない。少年であることは確かなようだ。
弥助と鞍馬、主人に柳はその声だけで誰が店にやってくるのか分かったようだ。今から店に入るであろう三人組は常連客なのだろう。
やがて、戸ががらりと開いてその三人が入って来た。表に飾ってある提灯の暖かい鬼灯色の灯が氷水で満たされた外ですっかり冷えた体を照らしている。
「いらっしゃい」
主人は、そういって三人を店の中に招き入れた。三人は軽く主人に挨拶すると、それぞれ席に座った。女は鞍馬の右隣、泣いている娘がさらにその右隣、少年がさらにその右隣へ座った。
泣いている娘を慰めていると思われる女は、美しく艶やかな女だった。黒い髪で結った髷に金と銀の細工がたくさんついたかんざしをつけている。白粉を塗りたくった顔には、長いまつげに切れ長の瞳と一目見るだけでどきりとしてしまいそうな、ぞくっとするくらい妖艶な真紅の唇がある。服装は、派手な赤い着物で芸者さんが身につけていそうなものだった。金や赤や青で花や蝶が、これでもかというくらい描かれている。そんな着物をわざと肩をはだけさせるように着ているのだった。見た感じ、決して若くなさそうだがその体からは若い娘にはない色気が漂っている。
そしてその女が慰めている娘は、十六、七くらいの若い娘のようだった。黒い髪には赤いかんざし、着物は橙色と白の縞模様で帯の色は黒い。そんなに高くなさそうな着物だ。横にいる女とは違って、色気も何もない。おまけに胸もないし、顔もない。顔がないというのは、ようするに眉毛や眼、鼻や口が一切ないということだ。どうやらこの娘は、人間が「のっぺらぼう」と呼んでいる妖のようだ。
その娘の右隣に座っている少年は、おでこにも目が一つあった。三つ目小僧である。髪の毛はなく、格好はお寺にいる小僧そのものである。小僧ははぁとため息をついた。見た目の年齢は十、十一くらいで他の二人に比べてずっと小柄だ。
主人は、何も言わずに三人の前に豚の角煮を入れた小さな器を置いた。ことことに煮込まれて柔らかくなった豚肉と葱のはいったそれからは、とてもいい匂いが漂ってきて、彼らの胃を刺激する。柳が、三人に日本酒を注いだコップを差し出した。女と坊主は礼をいったが、娘だけは礼もいわずただ泣いていた。口もないのにどうやって泣き声をだしているのか、兎角人ならざる存在とは不思議なものである。
女が、いい加減うんざりしたような表情を浮かべる。
「全く、いい加減泣き止んでおくれよ。そんなに泣いていると、目が兎みたいに真っ赤になっちまうよ。ああ、ごめんごめん、
あんたにはそもそも目がなかったねぇ」
女がそういうと、娘はますます大きな声をあげて泣き出した。女は、嗚呼しまったと後悔したような表情を浮かべた。
「ああ、あんたに目がない口がない鼻がない胸がない色気がないって言葉は禁句だったねぇ」
「胸がないと色気がない、は余計です!うわあん!」
「そうはいったって、仕方ないじゃないか。事実あんたの胸はぺったんこのぺったぺた、鯉をのっけたまな板だってびっくりするほどのぺったんこぶりなんだからさぁ。色気のいの字だってありゃしないしね」
「そこまでいうことはないじゃないですかぁ!大体、私の胸が小さいんじゃなくって白粉さんの胸が大きすぎるんです!
絶対そうです、そうじゃなくっちゃ私やってられません。ああ、もうなんだかますます悲しくなってきたじゃないですか」
白粉と呼ばれた女が口を開くたびに娘の泣き声は大きくなっていった。もしこの娘に目があればいまごろその目は真っ赤で、
そこから涙がぼろぼろでていただろう。鼻があれば、鼻水が滝のようにあふれているに違いなかった。
三つ目小僧は、甘めの味付けの口の中ですうっと溶けるくらい柔らかい豚の角煮を口いっぱいに頬張りながら、大きくため息をついた。
「もう、いい加減に泣き止んだらどうですか狢さん。せっかくの美味しい料理が不味くなりますよ」
「そうだよ。さっさと泣き止みな。鬼灯の旦那と柳の姐さん特製の極上料理が、あんたの泣き声で台無しになっちまうよ」
と、三つ目小僧の言葉に賛同する白粉を、三つ目小僧がぎろっと睨む。
「白粉さんも白粉さんだ。あんた、一言多いんですよ。慰めが慰めになってない」
「うるさいねえ、このガキは。そうは言ってもしょうがないだろう、あたしは目もない鼻もない、口もないつんつるてんの顔なんて嫌いだなんて理由で男に振られた奴の気持ちなんて分からないんだからさ」
白粉が言い訳がましくそう言うと、また狢が泣きだす。自分が、好いていた男に顔がないという理由で振られた時のことを思い出してしまったのだろう。ほらまたそうやって、といわんばかりの視線を三つ目小僧が白粉に向ける。ご飯ともつ煮込みを食い終わった弥助が、口の周りについた御飯粒と汁をぬぐう。
「いやはや、入ってきてそうそう五月蝿いっすねえ。白粉がこの店に来るといつも五月蝿くなる」
「ちょっとお待ちよ、狸公。今回はあたしが五月蝿いんじゃなくて、この狢がわあわあ喚いているんじゃあないか」
白粉は、むっとして弥助を睨みながら狢の顔を指差した。弥助は、白粉に睨まれても全くひるむ様子はなく、へらへらと笑っているだけだ。
「でも、狢がここまで大きな声で激しく泣いている原因はあんただと思うんですがねぇ。あんたが余計なことを言わなければ、狢だって今頃はもう少し大人しくなっていたんじゃないですかねぇ」
「なにぉう、この狸公め。たかが化け狸の分際でこの白粉様を馬鹿にしようっていうのかい!」
かんかんに怒った白粉は、蛇の体のようなにゅるりと柔らかい首を勢いよく伸ばした。今やその首の長さは二メートル以上になっている。白粉は、ろくろ首らしかった。今、白粉の顔は弥助の目と鼻の先にある。
「たかが百二十年しか生きていない、首を伸ばすしか能のない奴を馬鹿にしてなにが悪いのでしょうかねえ」
弥助はけたけた笑いながら酒を飲む。白粉の美しい顔は今や真っ赤で、怒りと屈辱に満ちた表情で弥助を見ている。
「なんだって!ああ、本当に腹の立つ奴だねぇ。がさつで汚くって、ただ腕力だけがとりえの馬鹿狸のくせにさ。
あんたに惚れられた人間の小娘が可哀想だよう」
「あっしからすれば、あんたのようながさつで乱暴で、厚化粧で、声は馬鹿みたいに大きくて、胸のでかさとよく伸びる首だけが取り柄の女に惚れられちまった鬼灯の主人の方が可哀想だと思うけどね」
そういうと、白粉は今柳が三つ目小僧にだしている、刻み生姜が味のアクセントとなっているタコ飯に入っているタコのように全身を真っ赤にさせて、大いに慌てふためいた。
「ば、ばか! そこでそれをいう必要がどこにあるんだい! よりにもよって、本人の目の前で! ああ、やっぱり世界で一番嫌いなのはあんただよう! この化け狸、今すぐあたしのこの自慢の首で絞め殺してやろうかい」
「くっくっく。できるものならやってごらんなよ。きっとあんたはあっしを絞め殺すことなんてできやしませんぜ。あんたがあっしを絞め殺す前に、あっしがあんたの首を自慢の怪力で引きちぎるから」
そういって弥助はぐねぐね動いている白粉の首をぐいっと摑んだ。柔らかい首は弥助が少し力を入れただけでぐにゃりとつぶれる。白粉はちくしょう!とやや苦しそうに呻きながら首を縮めた。やがて首は元の長さに戻った。掃除機に、伸ばしたコードがしゅるしゅると戻っていく様子と似ていた。
あいかわらず狢は泣いている。鞍馬と三つ目は顔を見合わせてはあ、とため息をついた。
弥助に勝てずにむかむかしている白粉は、しくしく泣いている狢の頭をぺしっと叩いた。
狢の髪が乱れる。せっかく結った髷が台無しになった。
「まったく、いい加減泣きやみな!どんなに泣いてもね、あんたが振られたっていう事実はかわらないんだよぅ」
狢は白粉に叩かれた辺りを手でさすりながら、だってだってと小声でブツブツ言っている。
「結局は暴力にでるなんて、流石は……いてっ」
また白粉をからかおうとした弥助の頭を鞍馬がげんこつで叩いた。弥助は、世界が揺れたように感じた。大して回っていなかった酒が、一気に回ってしまったような気もする。鞍馬は串にささった塩味の葱と鶏肉を串から一気に抜き取って食いながら狢をじっと見た。葱をしゃりしゃりと噛む音が聞こえる。
「貴様が話に加わるとややこしくなるわ。まあ、狢よ。そんなに泣くな。我もな、そんなに鼻が長くて真っ赤な顔をした人は嫌いという理由で振られたことがあったのだ。だが、我のこの顔が格好良くて好きだといってくれた者もいる。きっと、お前さんも、お前さんのその顔が好きだといってくれる人に会えるだろうさ。それまで辛抱するがよろしかろう」
「旦那、そんな理由で振られたことがあったんすか?そりゃあ傑作だ!その顔を格好いいといった人もいるんすか?随分物好きな人なんですねぇ、なんというか美的感覚が狂っているんじゃないですか、その人」
弥助はその事実が余程可笑しかったのか腹を抱えて、大きな声で笑い出した。そして鞍馬に腹に強烈なパンチを食らって、今度は泣きながら悶絶した。一言多い性格なのは、白粉だけではなさそうだ。白粉は、憎き敵である弥助が酷い目にあったのが余程嬉しかったのか、ケタケタと涙を流しながら笑っている。
「ざまあないねぇ、狸公。くっく、こりゃあいい酒の肴になるよぅ」
そういって豚の角煮を頬張り、酒を一口飲む。弥助が苦痛に顔を歪める様子をみて、元々おいしい料理がますます美味しくなったようで、その表情は満足そうだった。
「痛いっすよぉ、鞍馬の旦那。腹に穴が開くかと思ったっす」
「貴様が笑うからだ。まあ、阿呆な貴様は置いといて。のう、狢。だから元気を出すのだ。泣いていてもしょうがない。今宵は我らと飲み明かそう。そしてそんな嫌なことは忘れようではないか」
その言葉を聞いて、狢はそうっと顔をあげた。
「ひっく、ありがとうございます鞍馬の旦那様。そうですよね、きっといつか私のこの顔を好きだといってくれる人が現れますよね。私、もう少し頑張ります。人生長いですものね」
狢は鞍馬の優しい言葉のおかげで気持ちが落ち着いたのか、泣くのをやめた。
皆、よかったよかったといいながらほっと肩をなでおろした。
「全く、手のかかる子だねぇ。まあ、この白粉姐さんの手にかかれば小娘一人を宥めることくらいわけないさね」
「って、あんたは何もやってないでしょうに。本当に調子のいいろくろ首っすねぇ」
弥助はただ呆れるしかない。
「さあ、狢さん。乱れてしまった髷を直しましょうか」
柳はにこりと微笑んでカウンター内からでてきて、狢の背後にたった。そしてさっき白粉が滅茶苦茶にした髪の毛を直して
始めた。鞍馬は髪を結う柳の姿をぼうっとした表情で見つめていた。
闇はますます濃くなっていく。空に氷がどんどん溶けていって冷たくなっていく。黄金色の星が氷水の中に沈んでいる。薄荷飴の月が銀色の光を放ちながらぷかぷか浮んでいる。猫の鳴き声が微かに聞こえる。
一方で居酒屋『鬼灯』の中は、暖かい。蜜柑の果汁の色のような証明に、暖かくて美味しい料理、そして悪友という名の仲間との楽しい会話。それらが狭い店の中を暖かく、優しくしていった。
「全く、ようやっとゆっくりと酒が飲めるよぅ。鬼灯の旦那、あたしに酒を一杯おくれ。うんときつい奴を一杯」
白粉が空になったコップを主人に差し出した。
「はいよ。柳、いっとう強い酒を白粉さんにやっておくれ」
そういうと白粉は不満そうに口を尖らせる。
「あら、いやだよう。あたしは柳の姐さんからじゃなくって鬼灯の旦那からもらいたいんだよぅ」
白粉は主人に熱く艶かしく、そしてねちっこい視線を浴びせつつ、その豊満な体をくねくねと動かしてみせた。隣にいた鞍馬は、やや目のやり場に困ったのか白粉のを見ないように顔を背けて、狸蕎麦(本日二杯目)を美味そうに食っている弥助の阿呆面を見た。弥助は苦笑するだけだった。
「困りましたな。別に、私からもらおうと柳からもらおうと味なんてかわらないのに」
「変わりますよぅ。ねぇ、この杯にさ主人がくいくいっとお酒をついでおくれよ、ね、ね?いいだろう別にさぁ」
「まあまあ、私は嫌われているようですね」
柳は困ったように笑う。白粉が口を尖らせる。
「別にそういうわけじゃないけどさぁ」
主人は肩をすくめ、店にある中で一番きつい酒を白粉の持つコップについでやった。白粉はそれを満足そうな笑みを浮かべながらじっと見つめていた。白粉は、コップになみなみと注がれた酒をぐいぐい飲み干す。
「ちょっと白粉さん、そんなにきつい酒を一気に飲んで大丈夫なの」
三つ目小僧があきれたような顔で、白粉が酒を飲む様子を見ていた。狢は「みているこっちの方が酔いそうですわ」とつぶやいた。早くも酒がきいているのか、三つ目小僧を睨むその目はややとろんとしている。
「いいんだよぅ。あたしは大人だからこれくらいわけないさ。あんたみたいな餓鬼とは違うのさ」
「失礼だなぁ。いっておきますけど、あんたより僕のほうが6年ほど長く生きているんですからね。僕の方が年上だ」
「六年くらい長く生きているからって何生意気いっているんだい。そういうところがガキだっていうんだよぅ。全く背だっていっこうに伸びやしないじゃないか」
白粉がケタケタと笑う。三つ目小僧は悔しそうな表情を浮かべる。
「どっちもどっちだと思いますけどねぇ」
弥助のその囁きは2人に聞こえたのか聞こえていないのか、はてさて。そういう弥助もまた、子供である。
「全くどいつもこいつも本当に童だな。人間の子供達と大して変わらぬわ」
鞍馬はそういって酒をぐいっと飲み干した。
一方氷と星と月を浮かべる外はといえば。
町の西側、もう人も自転車もほとんど通っていない暗い暗い細道を、一人の少年が走っていた。数十メートル間隔で道路の脇にある、街灯の灯りはぶんぶんという気味の悪い音を立てながら、ついたり消えたりを繰り返している。その灯りの周りで蛾がばたばたと飛んでいる。少年は、昼でさえ人通りの少ない道を走り続けていた。
年齢は十一、二歳くらいだろうか。黄色い手編みの帽子に赤いマフラー。クリーム色のセーターに青いジャンパーで、チョコレート色のズボンをはいている。腕を振るたび、赤い手袋をつけた右手に握られている青いかばんが弧を描く。少年は、月の光のような白い息を吐きながら速度を緩めることなく走り続けている。
少年は、別に好きで走っているわけではなかった。趣味が夜のジョギングというわけでも、ダイエットの為にジョギングしているわけでもない。少年は確かに走ることは割と得意だし嫌いではない。でも、趣味にするほど好きではない。標準の体重だからダイエットする必要も特にない。
少年は、逃げているのだ。変質者からではない。奇妙なものから逃げているのだ。奇妙なそれというのは、本当に奇妙なものとしかいいようがないものだった。黒い霧のようなものが凝り固まって、妖怪の一反木綿のような姿になっている。
その一反木綿真っ黒版には赤い目と大きな口がある。そんな変なものが「むけー」とか「うきょー」とか「めきょー」とか、奇声をあげながら少年を追いかけ続けているのだ。動くスピードは早いわけではないが、決してスピードを緩めることなく少年の十メートル後ろくらいについている。
少年は、ちらちらと後ろを見ながら必死になって走っている。叫び声をあげようにも、もうへとへとで声がでない。第一、こんなほとんど人のいないような場所で叫んだところでどうにもならない。よしんば誰かが気付いて少年のもとに駆けつけてくれたとしても、その人がこの黒いもやもやお化けをどうにかできるとは思えない。少年は途方にくれていた。誰かの家のドアを叩いて、その家にかくまってもらうという考えもなかった。考えている余裕がない。滅茶苦茶に逃げているうちに、自分の家からどんどん遠ざかってしまった。
少年は泣きたくなった。ああ、だから塾なんて行きたくなかったんだ。塾に通わされていなければ今頃は家でのんびりしながらゲームをやっていたのに。こんな風に変なものに追いかけられるということもなかったのに。
ああ、あいつに捕まったらどうなるんだろう?きっと酷い目にあうんだろうな、下手したら食べられるかもしれない。大体あいつは何なんだよ、あんなのこの世の中にいるわけないじゃないか!ここはゲームとかマンガの世界じゃないんだぞ、出るところ間違えているんじゃないのか?いや、そもそもこれは幻覚で本当は僕は誰にも追いかけられていないんじゃないか。きっと夜に勉強なんてやったものだから頭が疲れているんだ。だからこんな幻覚が見えているんだ。ああ、そうだったらどんなにいいか……。
少年はそんなことを思いながら、もうとにかく文字通り必死になってその化け物から逃げている。いつまで走り続けていればいいのか分からない。いつまで逃げていればあの化け物はあきらめてくれるのだろう。少年は人間だから疲れがくるけど(現にもうヘトヘトだし)、相手は人間ではないから、そう簡単に疲れはこないはずだ。だから少年が逃げるのを諦めてその場に止まってしまうまで、少年を追い続けるに違いなかった。化け物は、きっとやろうと思えばもっと早く動けるのだろう。ただ、あっさり少年を捕らえてしまったらつまらないから、こうして大して速くないスピードで追いかけ続けているのだ。マンガとかだったら、あと少しでやられる!というところで正義の味方がやってきてくれるのだが。現実はそう甘くない。
少年は、もう寒さなど感じていなかった。もう身体の中はキムチ鍋を食べたときのようにポカポカしている。ポカポカを通り越して暑い。心臓がぎゅっと強く握り締められているかのようになって、痛い。喉が焼け付くように痛くて、カラカラしている。血でも吐いてしまうんじゃないかと思うくらいに痛いし気持ち悪い。足がフラフラする。こんなに走ったのは生まれて初めてかもしれない。
気付けば少年は、町の中で一番暗くてじめじめしていて、ある意味一番危険なスポットである『おばけ通り』前までやってきていた。通りの左にある居酒屋は珍しく開いていない。戸の前に何か張り紙がしてある。何日かお休みするという内容でも書いてあるのだろうか。右にある雑貨屋はしんとしている。おばあちゃんももう寝ているに違いない。
『おばけ通り』に近付いてはいけない、と幼稚園の頃から母にいわれていた。いわれなくても、こんなに気味の悪い場所になんて最初から行かない。通りの入り口を塞いでいるバリケードに風が当たって、ガタガタいっている。バリケードの向こうには、最早家とも呼べないものが不気味に並んでいる。街灯など灯りの類は一切なく、その通りは暗黒に包まれていた。少年は絶対あそこには入るもんか、と心に決めてとりあえずおばけ通りを無視して、右へ曲がろうとした。
少年は化け物がどの辺りにいるか確認しようとぱっと後ろをみた。そして、心臓が止まるくらいに驚いた。
自分の目と鼻の先に誰かが立っていたからだ。
少年は枯れた声でぎゃっと叫んで後ろにさがった。足がふらついて、しりもちをついてしまった。少年は口から飛び出てしまいそうな心臓をどうにかして元に戻そうとしながら、恐る恐る顔をあげた。
少年の目の前に立っていたのは、一人の男だった。
二十半ばから三十歳位の男で、月の光のような白い肌に切れ長の赤い瞳。風に揺れる真っ直ぐでさらさらした髪は薄い藤色で、腰よりも長い。ありえない色ではあるが、不思議と違和感がない。
手足は細く長く、少し力を加えたら簡単に折れてしまいそうだった。髪の毛の色よりやや濃い色の薄地の着物を着ている。帯の色は黄色い。薄荷飴色の穢れなき月光が、男を背後から照らしている。
男の体は月の光を受けて、銀色に輝いている。その姿は、この世のものとは思えないくらい神々しくて、美しい。あまりに美しすぎて、気味が悪い。男は、少年をじっと見つめていた。その目は少年を見下すようにも、優しく包み込むようにも見えた。
「おやおや、こんな夜遅くに子供が何をしているのだろうね? ここは危ないよ、坊や」
少年は開いた口が塞がらない。なんとか言葉をつむぎだそうとするが、恐怖と驚きと寒さのせいで上手くいかない。
男はやや首を傾けて微笑む。男のくせにその仕草は妙に女らしく、また少しいやらしいものに見えた。
「なんだい、そんな間抜けな面して」
「あ、あんた……何なんだ……」
「何だかんだと聞かれてもねぇ。私は私だよ。そういう君こそなんだい」
「……ば、化け物……に追われてる……んだ」
少年は震える体をおさえながら何とかそういった。このどうみても人間ではない男、もしかしたら黒いもやもやお化けの味方で、自分が油断している隙をついて二人がかりで自分を捕まえて食べてしまうかもしれない。男はそんな少年の震える右手をつかんで、少年を立ち上がらせた。その手は氷のように冷たくて、少年はその手から体温を全て奪われるのではないかと思った。
男は、さきほどから少年が自分の背後を凝視していることに気がつき、後ろを振り返る。そして、そこにいるものを見て、男は風で顔にかかった、絹糸のような髪の毛を右手で軽く払って、くすりと微笑んだ。
「ああ、あれ? あいつ、弱いくせにしつこいんだよねぇ。追い払うの結構大変なんだよ。まあ、いいか……しょうがないから助けてあげる。坊や、このまま君たち人間が『お化け通り』と呼んでいる通りを進みなさい。これを持ってね」
そう男はいって、少年の右手に何か握らせた。それはとても暖かいもので、手袋越しにその熱が伝わってきた。少年は恐る恐る何かを握らされた手を開いてみる。
男が少年に握らせたものはどうやら鬼灯のようだった。大きさや色は普通の鬼灯と変わらない。が、中に入っている実は普通のものとは違っていた。
形と大きさは普通の鬼灯と同じだ。しかし、その実は普通のものとは違って、淡いややオレンジがかった光を放っていた。その光はとても暖かいもので、ただ見ているだけで、少年は自分の冷えた体が温まっていくのを感じた。
「早くお行き。それをちゃんと握っているんだよ。それさえ握っていれば、あそこを通ってもなんともないからね。……しばらく真っ直ぐ進むと一軒の居酒屋が見えるはず。とりあえずそこに行ってかくまってもらいなさい。いいかい、ちゃんと握っているんだよ。握らなければ、いつになっても店にたどり着かないからね」
「で、でも……お化け通りにそんなものなんて」
「あるよ。君達人間には見えないから知らないだろうけれど。とにかくそれさえ持っていれば見えるから。ほら、早くお行き。ここは私がどうにかしてやるから。ああ、そうそう。店の中にいる人達は一風変わった奴らばかりだけど、驚かないでおくれよ」
そういって少年の体をお化け通りに向けさせて、背中をぽんと叩く。少年は一歩二歩よろめき、男の顔をしばらく見た後、お化け通りへ向かってよたよたと走り出した。もう男があのもやもらお化けとぐるだろうが、お化け通りに入ったとたんにお化けに襲われようが知ったことか。少年はあまりに疲れていたために、半ばヤケになっていた。
男は少年が闇夜へと消えていくのを見届けると、律儀に待っていてくれた真っ黒お化けをその綺麗な瞳でじいっと見た。
「やれやれ。せっかく鬼灯でおいしいきつねうどんを食べようと思っていたのに。まあ私は優しいからね、困っている子供を見捨てることはできないのさ」
嘘っぽい口調で話す男はあくまで冷静だった。真っ黒お化けが、むきょーと奇声をあげながら男に襲いかかった。男は妖しい笑みを浮かべ、右手を振り上げる。
藤色の袖が淡い色の弧を描く。男の右手には金色の扇。扇の右下には淡い桃色の桜が描かれている。
男が右手を今度は勢いよく下ろす。男を中心に風が舞う、袖が舞う、そして、大量の桜の花びらが舞う。桜の花びらは、銀色の月の光を浴びてまぶしく輝いている。むせるくらい濃い桜の花びらの匂いが、暗く寂しいこの地を包み込む。
月下に桜が舞うその光景は、まるで夢のようであった。
男と、真っ黒お化けの戦いが始まった。
一方、そんなことが外で行われていることなど微塵も知らない『鬼灯』と愉快な仲間たち。酒の勢いもあってか、店の中はますます盛り上がっていた。
完全に酔っ払っている白粉は首をにゅるんと伸ばして主人の身体にそれを巻きつけた。その様子は支柱に巻きつく朝顔の蔓のようだった。主人は、抵抗する様子もなかったがあまり喜んでいる様子でもなかった。主人の表情は狐の面に隠れてうかがい知ることはできない。
白粉は、主人が抵抗しないのをいいことに主人の頬(というかお面)に頬ずりしたり甘い言葉を吐いたりとまやりたい放題やっている。主人の妻である柳は、困ったような表情でそれを見つめていた。
「旦那ぁ、あたしはね、旦那のことが死ぬほど好きなんだよぅ。ねぇ、今度ある鬼灯夜行にさ、一緒に参加しようよ」
鬼灯夜行というのは、光る実の入った大きな鬼灯で作った提灯を持ちながら、妖の住んでいる世界にあるとある巨木を目指して歩いたり、その木の下で飲み食いしたりする祭のことである。お祭り騒ぎが好きな妖にとって、この祭は楽しみなものの一つだ。主人はゆっくり首を横に振った。
「残念だが、私は例年通り柳と行くことにしているのだよ」
「嫌だい、嫌だい。鬼灯の旦那ぁ。柳の姐さんよりあたしのほうがよっぽど綺麗だよぅ。ねぇ、あたしと結婚しようじゃないか、ねえ、それがいい。きっといい」
白粉は、駄々をこねる童のようだった。まるで歌を歌うように「あたしを選べ選べ、そして共に行こう行こう鬼灯夜行へ」と主人にねだった。
「まったく、手のかかるろくろ首っすねぇ。ああ、本当に鬼灯の旦那がかわいそうっすねぇ。こんなのに惚れられちまって」
「お黙りよ、狸公。他人の恋路に口を挟むんじゃないよ」
「おお、怖い。柳さんも、何か言ったらどうっすか?」
「いつものことですから」
そういって柳はほほほと笑った。本当に気にしていないのか、実は腹の底では「ふざけんなよ、このアマ」と思っているのかは分からない。とにかくこの女、何を考えているのかさっぱりわからないのだ。
「弥助さん、今の白粉さんに何言っても無駄ですよ」
小僧が焼鳥を頬張りながら言う。
「そうですよ、酔っ払った白粉さんに言葉は通じません」
そういって狢は酒を一気に飲み干した。口もないのにどうやって飲んでいるのかは不明だが、コップにはいっている酒や、皿に盛られている豚の角煮は確実に減っているのだから、まあどうにかして飲み食いしているのだろう。
「本当、白粉は酒を飲むとやたら積極的になるな。この前は確か鬼灯の主人の仮面越しに接吻しなかったか?」
「ああ、そういえばしたっすねぇ。接吻どころか、もっといやらしいことをしていたような気も……」
「ああ、うん。そういえば。思い出したくない光景を見たような気がする」
鞍馬は、そのときの事をおもいだしかけたのか咳き込んだ。
「鞍馬の旦那もあれ位積極的になればいいのに。酔った勢いで柳の姐さんに猛烈なアタック……ぐえっ」
また余計なことをいって鞍馬の強烈な拳を腹にうける弥助。
「貴様というやつは! それ以上いってみろ、本当にその背中にある傷を広げてやるからな!」
「もう、冗談なのに」
「あらあら、弥助さん大丈夫ですか?」
「心配するな。この馬鹿は一回や二回くらい我の拳を腹に受けても死にはしない」
「それもそうですね」
「ちょ、狢……」
心配そうに弥助を見ていた狢も鞍馬のその言葉に納得する。弥助は腹を抑えながら涙する。
がらり。
戸がまた開いた。次の客が来たのだろうかと振り向いた弥助たちは目を見開いて驚いた。そこに立っていたのは妖でも、人ならざるものでもない、ただの人間だったのだから。人ならざるものたちは一目見ただけでそれが仲間なのか、ただの人間なのか見破ることが出来るのだ。
それにしても、この店を見る事が出来る人間がいたなんて。戸の前に立っているのは、まだ十一、二歳位の少年だった。少年は息を切らし、汗をだらだら流している。弥助たちはただただ呆然とその少年をみているのだった。
そんな彼ら以上に驚いたのは少年だった。男に言われるまま、気味の悪いおばけ通りを、噂通りお化けをみたり、危ない目にあうことなく少年は走った。
灯りのない道を月というライトを頼りに走る少年は、もの言わぬ化け物のような建物をなるべくみないようにしていた。しばらく走っていると、左側にぼんやりと橙色の灯りが見えた。ああ、あそこだと少年は確信し最後の力を振り絞って走った。そして提灯と暖簾のある建物の戸を思い切ってあけた。
そして、大いに驚いた。自分の目の前に広がっている光景に。赤い肌の天狗、顔のない娘、三つ目がある小僧、にゅるりと首を伸ばして狐面の男の体に巻きついている女。一番左に座っている男と、狐面の男、その男の隣にいる女は人間の姿であったが、人間であるかは怪しい。こんな光景をみて、驚かないほうがおかしい。驚かない人がいれば、拍手を送りたい。
少年はその場にへたりと座り込んでしまった。足に力が入らない。奥歯ががちがちと音を立てている。
「おやおや、人間さんの登場っすか? 珍しいこともあるもんっすね」
「人間にはこの店は見えないのではなかったのか、主人よ」
「基本的には。ただ、何事にも例外はあるものだ。これまでにも何回かあったよ、人間が入ってくることが」
柳もあらあらといいながら手を口に当てているが、あまり驚いている様子はない。これまでにも何回かあったから、そこまで驚かないのだろう。
「人間なんて珍しい。それにしても、可愛らしい坊やだねぇ」
白粉の長い首は主人からはなれ、今度はしりもちをついて固まっている少年へと向かった。 白粉の顔が少年の目と鼻の先までやってきた。少年はひいっと小さな叫び声をあげた。白粉は艶やかな笑みを浮かべ、いやらしい視線を少年に向ける。三つ目小僧は立ち上がって、白粉の顔の真横にやってきてしゃがみこみ、少年を三つの大きな目玉でぎょろぎょろ眺める。
「へえ、こんなに間近で人間を見たのは久しぶりだな。ちょいと白粉さん、この坊やあんたを見て怯えているじゃないか」
「おや、あたしを見て怯えているんじゃなくて三つ目小僧、お前の方を見て怯えているのではないかえ? お前のように顔に目玉が三つついているなんて、人間さまからみればありえないことだからねぇ」
「白粉さんのように、にゅるりと首が伸びる奴だって人間から見れば、ありえない存在だと思いますけど?」
三つの目が白粉を睨みつける。
「白粉さんも三つ目さんもやめてくださいな。その男の子は、私たち全員を見て怯えているのですよ」
狢は、なるべくその何もない顔を少年に見せないようにしながら二人をたしなめた。その言葉に鞍馬がうんうんとうなずいた。
「そうだぞ。とにかくその少年をあまり驚かしてやるな」
鞍馬の言葉を聞いて、白粉は仕方なく首を元に戻し、三つ目小僧も席についた。
「そうっすよぅ。ほれ、坊主、大丈夫っすか?」
弥助は人懐っこい笑みを浮かべながらしりもちをついている少年に近付き、彼の右手をくいっと引っ張って少年を立ち上がらせた。弥助が右手をつかんだとき、少年がずっと握り締めていた鬼灯がぽとりと落ちた。弥助はそれを拾い上げ、顔をしかめた。
「げ。こりゃ通しの鬼灯じゃないっすか。なるほどね、これさえ握っていれば人間には見えない『向こう側の世界』も見えるし、双方の世界を行き来することもできる」
少年は、何がなんだか分からずただその場に立ち尽くしている。
「なんでただの人間が、そんなものを持っておるのだ?」
「さあ? でもこの鬼灯は貴重品で、もっている奴はほとんどいない。あっしが知っている中でこれをもっている奴といえば、あの馬鹿狐くらいのものっすよ」
弥助はその「馬鹿狐」の顔を思い浮かべて顔をしかめた。
「あ、あの……おばけ通りの、い、入り口でもらったんだ。藤色の髪の毛の、き、綺麗な男の人に」
少年はひきつった声で、やっとこさっとこそう言う。
「藤色の髪の毛で綺麗な男の人、となれば出雲しかおらんな」
「あんな奴のどこが綺麗なんだか。あいつは、心底腐っている男っすよ」
弥助は、出雲を嫌っているのかものすごく嫌そうな顔をしながらいう。少年は、そんな弥助の背中に回ってぴたりとくっついて、鞍馬や狢の顔を見ないようにした。弥助はそんな様子をみて苦笑いする。
「いやだなあ、そんなにびくびくしなくてもいいのに。こいつらは確かに見てくれは怖いかも知れないっすが、いい奴らばかりっすよ。不用意に人間を襲って食っちまうことはないっすから、安心しておくれ。まあ、あのろくろ首は危険だから近付かないほうがいいっすけどね。とって喰われちまうよ」
白粉の元々酒を飲んでいるせいで赤くなっていた顔がますます赤くなった。
「ちょっと、なんだいそれは、どういうことだい! あたしはねぇ、人間のガキ食う趣味はないよぅ」
「あんたの場合は、別の意味で食っちまいそうだ」
「いやらしい奴だねぇ、あたしは年下には手はださないよぅ」
「まあ、とにかく椅子にすわりなさいな。一番はじっこの椅子でいいっすか?」
弥助は白粉の言葉を無視して、まだびくびくしている少年をさっきまで自分が座っていた椅子に座らせた。そして皆座る場所を一つずつ右にずらしていった。
鬼灯の主人は、あつあつのおでんを皿にもって少年に手渡した。少年はびくびくしながらそれを受け取り、自分の目の前に置いた。が、食べるのをためらっているのか、箸を持たずにその皿をただじいっと眺めている。皿にのっているのは、卵に大根にこんにゃく、ちくわに白はんぺんと自分の家で食べるおでんと何ら変わりはない具だった。しかし、見た目はそうでも実際味まで同じかは分からない。もしかしたら、変なもののだしを使っているかもしれない。材料だって、人間の世界のものと同じとは限らない。
「心配しなくてもいいっすよ。ここで出る食べ物は基本的に人間の世界で出るものと同じ味付け、材料っすから。毒もゲテモノも変なものも入ってないっすから」
弥助が優しくいう。少年は、しばらくは皿とにらめっこを続けていたがやがて空腹と匂いに負けたのか、箸を持ち大根を一口サイズに切り分けると恐る恐るそれを口にいれる。しばらくは目をつむり、ゴキブリでも食べているかのような表情でそれを噛み続けていたが、徐々に驚いた表情を浮かべていった。そしてごくりと大根を飲み込むと、弥助たちの前で初めて警戒を解いたほっとしたような表情を見せた。
「……おいしい。お母さんが作るのよりずっとずっとおいしい」
その言葉を聞いて、一同はほっと胸をなでおろした。少年は、大根を、卵を夢中になって食べた。よほどおいしかったのか、あっと言う間に全て平らげてしまった。
「おいしかったですか?」
「うん。おいしかった」
その言葉をきいて柳が嬉しそうに微笑んだ。少年はその笑顔にどぎまぎして、思わず顔を伏せてしまった。鞍馬もまた、同じように顔を伏せた。
「ところで、何故君はこんな夜中にこの店へ? 何故出雲さんから、あの鬼灯を?」
狢が聞くと、少年のやや照れたような顔があっという間に暗くなっていった。
「それが……。塾の帰り道に変な真っ黒のもやもやしたお化けに会って。そいつにずっと追いかけられていたんだ。それでもって、このお化け通りの近くまでやってきたら藤色の髪の毛の男の人……出雲さん、だっけ? その人に会ったんだ。そしたらその人からこの鬼灯をもらって、しばらく走ったところにある店でしばらくかくまってもらえっていわれたんだ。後は自分がどうにかするっていって」
「なるほどね。まあ、どうせ雑魚だろうし出雲さんだったらあっという間に倒してしまうでしょうよ」
「それもそうだな。この馬鹿狸とは違って、出雲はああいうものを払う能力に長けておるからな」
「あ、あっしだってちゃんとできるっすよ」
「嘘いえ。人間の姿に化けるのがやっとのくらいの妖力しかもっておらぬくせに。魔を払う力だってほとんどないではないか。いつだったか、自分よりも遥かに劣る自縛霊にあやうくとり殺されそうになっていたではないか」
「そ、それは鞍馬の旦那がつくったでたらめな記憶っすよ」
「はいはい」
鞍馬はそれを軽く聞き流すと、酒をぐいぐい飲んだ。三つ目小僧はタコ飯をめいいっぱい口の中に放り込んだ。白粉はまた主人を誘惑しようと、首をにゅるりと伸ばした。少年がそれを見て、ひぃと悲鳴をあげる。
「これ、白粉。この少年がいる間は、その首を伸ばすのはやめろ」
「そんなぁ、あんまりですよぅ、鞍馬の旦那。なんであたしが勝手に転がり込んできた人間の為に、愛する人への誘惑をやめなくてはいけないんですか」
「そんな方法で誘惑しても、鬼灯の主人はなびかんわ、馬鹿者。そんな気味の悪い首に巻かれたって主人は喜ばないぞ。むしろ嫌がるのではないか?」
「そうっすよ。それに主人には柳の姐さんという素敵な奥さんもいるんですからね」
「全くです。いい加減あきらめなさいよ、白粉さん」
「同感だね。どうせなにやったってムダだよ」
「しつこい人って嫌われるんだよね」
少年までそんなことをいう。
「ああ、もうなんだって皆あたしを目の敵にするんだい」
そういって白粉は口を尖らせた。だが、結局は大人しく首を元に戻し、そしてカウンターに顔を突っ伏して泣き出してしまった。だが誰も彼女を慰めない。 何事もなかったかのように酒を飲み、飯を食う。ようするに「いつものこと」なのだ。いつものことだから、かまう気にならない。
「いいの、あの人あのまま放っておいて。僕余計なこと言っちゃったけれど」
少年は弥助に耳打ちする。弥助はニヤニヤ笑って、
「いいんですよ、あいつはいつも酒を飲むと一人盛り上がっては泣き、盛り上がっては泣きを繰り返しているんですから。あの状態の白粉には何を言っても無駄ですしね。いつものことっすから、いちいち相手にする必要もないっす。まあ、あんな奴は放っておいて、どんどんお食べよ。もつの味噌煮込み、美味いっすよ。あまり食べたことないっすか?」
「もつとか、あまり好きじゃない」
「そうっすか。それは残念っすねぇ。それじゃあ、味噌田楽とかどうっすか?」
「あ、それ美味しそうだね」
少年と弥助はすっかり打ち解けたようだった。鞍馬の顔にも少しずつ慣れてきたのか、ややおびえつつも少しずつ言葉を交わすようになった。
「少年。貴様はどんな食べ物が好きなのだ」
「え、えっと……カレーライス、かな。お母さんのつくるやつ、とってもおいしいんだ。えと、カレーライス……っていって、わかる?」
少年はやや身を乗り出して心配そうに鞍馬を見た。鞍馬はやや首をかしげた後、小さくうなずいた。
「辛いらいすか、この前弥助から聞いたことがあるぞ。やたら辛い食い物らしいが、そんなに辛いのか」
「うん、まあ……甘口か辛口かによって変わるけど、辛いかな。でもずっと煮込んでいると野菜とかお肉の甘さがでてきて、味がまろやかになるよ。一晩ねかせたカレーとかは大分辛くなくなって美味しいんだ」
少年は、甘い味噌がたっぷりぬられた味噌田楽にかぶりつく。
「そうか。山葵と七味唐辛子とその辛いらいす、どれが一番辛いのだ?」
「え、ええ?ど、どれだろう……分からない。辛さの部類が違うし」
「そうか。我は辛いものは好きだからな。今度弥助に持ってきてもらおうか。……そういえば弥助。雨傘が足を折る大怪我をしたことは聞いているか」
「雨傘……ああ、からかさおばけの雨傘っすか? そういえば、そんな話を聞きましたね。一本しかない足を折っちまったものだから、すっかり身動きがとれなくなって寝たきりになっているとかで」
「おばけも怪我するの?」
「そりゃあするっすよ。怪我もすれば、恋もするし、ケンカもする。あっしの隣にいる天狗の、鞍馬の旦那だって先日魚は頭から食うかしっぽから食うかで化け猫と大いにもめて鼻をへし折られたし、あっちにいるのっぺらぼうの狢は顔がないからって好いてた男に振られるし、厚化粧のろくろ首の白粉は、あっしや三つ目のあの坊主としょっちゅうケンカしているし。あっしも、人間の娘に恋しているし、ライバル兼悪友と呼べる馬鹿狐がいるっすよ。ああ、その馬鹿狐って言うのは坊主がさっき会った出雲という化け狐っすよ。まあ、妖も人間も姿かたちは違えども大した違いはないということっすよ」
弥助はそういってにかっと笑ってみせた。狢は弥助の言葉で自分が振られたときのことをまた思い出したらしく、急にしょんぼりしながら柔らかく煮込まれた葱をもぐもぐと力なく食べる。三つ目は、その三つの目を弥助にぐぐぐっと向けた。
「人間にいたずらする奴や、人間を食っちまう奴だってたくさんいるよぅ。白粉姐さんだってねぇ、昔はよく人間どもを驚かして楽しんだものさ」
未だ顔をあげようとしない白粉がくぐもった声でそういった。みんな、うんうんとうなずいた。
「今は、人間との関係が薄れてきちゃったからね。あまりこっちの世界にきていたずらしたり、人間を食べたりする奴はいなくなりましたけどね。人間は、お化けのことなんて信じなくなってしまったから」
三つ目が、やや寂しそうに言った。昔、たくさんの人間を驚かしてきゃっきゃと笑っていたときのことを思い出したのかもしれなかった。
人間は、科学の技術という現実的なものばかりを信じるようになり、非現実的なことをないがしろにするようになってきた。昔は、人間と妖や神は時に争ったり、共存したりしていたというのに。今は、もう双方に関係性というものがなくなってきている。
「ねえ、さっき言っていた『向こう側の世界』と『こちら側の世界』って何なの?なんでないはずの店があるの?」
「ううん、上手く説明はできないんですけどねえ……。まず『こちら側の世界』というのは、坊主たち人間や他の生き物が暮らしている世界のことっす。そして『向こう側の世界』というのは、あっしら妖や幽霊、神様や精霊などといった……まあ坊主たちから見れば空想上の存在である奴らが暮らしている世界のことっす。『向こう側の世界』は『こちら側の世界』にぴったりと重なっている」
「うん」
「それでですね『こちら側の世界』では、あっしらが今いるこの場所にはぼろぼろの壊れた建物があるだけなんですが『向こう側の世界』では、この場所にはこの居酒屋がある。坊主が今いるこの居酒屋は『向こう側の世界』っす」
「はあ」
「同様に、坊主の住んでいる家があるところも『向こう側の世界』では坊主の家じゃなくって全く違う家が建っている。もしくは何もないか。……訳が分からないって顔っすね。だからあっしは説明なんてしたくなかったんすよ。まあいいや、どんどん先へ進んでしまえ。だけど、坊主は普段この『向こう側の世界』にある居酒屋を見る事はできない。見る事が出来ないから入る事も出来ない。同様に『向こう側の世界』の住民も『こちら側の世界』にあるものを見る事が出来ないし、行き来することも出来ない。たまに『こちら側の世界』の住人が『あちら側の世界』へ行ってしまうことはあるっすけどね。ただ『こちら側の世界』へ戻る方法が分からず、帰れなくなってしまうというのが大半らしいっすが。それが坊主たちのいう『神隠し』って奴っすよ」
「うぅん。よく分からないや。……でも、なんで僕この店を見る事が出来たの?あの鬼灯のおかげ?」
「そうっす。あの通しの鬼灯というのは『こちら側の世界』に重なって存在している『向こう側の世界』を見る事が出来る。反対に『向こう側の世界』に重なって存在している『こちら側の世界』を見る事もできる。見る事が出来れば、その場所の存在を認識することが出来る。だから、行くこともできるっすよ。昔は、そういうものがなくてもある程度自由に行き来ができたんですけどね。ただ『こちら側の世界』、すなわち坊主達人間が『向こう側の世界』の存在を否定するようになってから少しずつ二つの世界に大きな隔たりができてしまって、今では簡単に行き来できなくなってしまったんすよ」
弥助はそれだけ言うと、説明するのをやめた。自分の力では説明しきれないと判断したからだろう。他の者達も補足する気はないようだった。少年としても、これ以上説明されてもいまいち理解できないからいいやという感じだった。
「とにかくこの世界は、僕達の住んでいる世界だけって訳じゃないってことはなんとなくわかったような気がする。そういえば、あの出雲って人……」
どうしたんだろう、と少年が続けようとしたところでがらっと戸が乱暴に開いた。戸から、氷を含んだ風が吹いてくる。戸を開けたのは、出雲だった。やや息は切れ、美しくまっすぐな髪の毛はやや乱れている。乱れた髪が顔にかかっているが、それを払う気にもならないようだった。しかし、髪が顔にかかる様子も美しい。やや汗ばんでいる白くしなやかな手足が、銀の光を含んで光っていた。
「いらっしゃい、出雲」
主人は驚いた様子もなく酷く落ち着いた調子で出雲を出迎えた。
「こんばんは、鬼灯の主人。全く、誰も手助けしてくれないなんて酷いじゃないですか。恨みますよ、祟りますよ、呪いますよ」
男は心底恨めしそうに文句を言った。低くもなく、高くもないその声は薄荷の月光を吸い込んで透き通ったものとなっていた。だらりと下げた右手に握られている扇からは仄かに桜の匂いがした。
「だって、あんたが引き受けたことでしょう。あっしらには関係ないっすよ」
「お黙り、この馬鹿狸」
出雲が弥助をきっとにらむ。が、弥助は意にも介さずに平然とした顔で酒を飲み続けている。狢と三つ目は申し訳なさそうな表情をしていた。
「まあ、よいではないか。どうせ雑魚だったのだろう。貴様一人で充分だっただろう」
「まあそれはそうですけど。ところがあいつ、本気を出すとやたらすばしっこくて。おまけに数え切れないくらいの仲間を呼ぶわ、親分的存在を呼び出すわで。しかもそいつらが四方八方に散らばってものすごい速さで走り出すし。全く、どうやってあっちの世界にやってきたのかは知りませんがね。思ったよりもずっと時間がかかってしまったよ」
「ははん、それでずっと追いかけっこをやっていたんっすか。出雲は本当に体力がないっすからねぇ。よく全部倒せたっすね、えらいえらい」
「全く、腹の立つ奴だ。私はお前のような体力と怪力だけが取り得の阿呆とは違うんだよ。私は、いつだっておしとやかに、美しく生きているのだから。早足でバッタバッタと駆けるのは性にあわないのさ」
「へいへい。まあ、とにかく雑魚は倒したんでしょう。だったらいいじゃないっすか」
「ああ、そうだね。そうですよね。本当に。鬼灯の主人や、私にきつねうどんと稲荷寿司をおくれよ」
「了解。柳、稲荷寿司のほうを4つほどだしてやってくれ」
「はいな」
柳は甘く煮た油揚げの中に、同じく甘く煮たしいたけとにんじん、れんこんをまぜた酢飯を丁寧にいれて、さっと包んでやった。慣れている作業なのか、あっという間に作り終えて、それを、右端に座った出雲の前に置いた。
出雲はまるでまたたびをもらった猫のような、うっとりとした表情でそれをみながら、稲荷寿司を一つ手にとって頬張った。口の中に入れると、油揚げの油と甘味が交じり合い、そしてそこに酢飯の仄かな酸味が加わる。口の中に広がる甘い味と酸味が、なんともいなかった。噛めば噛むほど甘くなり、酸味も増してくる。またれんこんのしゃりしゃりという音がたまらなく心地よい。
「うん、やっぱり鬼灯の旦那さんの稲荷寿司も美味しいですね。この町にある商店街の、とある弁当屋の稲荷寿司も同じくらい美味しいのですけれど。この昔から全くかわらない味、本当に一口一口ゆっくり噛む度に、ああ生きていて良かったと思えるのですよ」
「そんな大げさな。出雲の旦那は将来、稲荷寿司と結婚しちまいそうだねぇ。あれもったいない、とってもいい男なのにさ」
「いや、私とてさすがに稲荷寿司と結婚はしないだろうよ。そんなの、人間と妖怪が結婚するようなものじゃないかい」
そういって出雲はタコの足一本丸ごと揚げられたものと格闘している弥助をちらりと見た。
弥助が急に不機嫌になる。
「稲荷寿司と朝比奈さんを一緒にされては困るっすよ」
「きつねうどん、できたよ」
「おや、きつねうどんができたのかい。どれ、早速いただこうか」
「ちょ、無視っすか」
出雲は自分からけしかけておきながら、弥助をまるっきり無視して柳からきつねうどんの入ったどんぶりを受け取った。そして箸を手に持ち、手をあわせる。
「お前と話す時間がもったいないよ。うん、今日もいい香りだねぇ。今度、どうやってこのおいしい汁を作っているのか教えてもらいたいものだよ。まあ私は料理はできないけどね」
「作り方は、企業秘密ですよ」
「あれ、それは残念」
出雲はそういうと、白くてこしのあるうどんをすすり、油揚げを一口食べる。稲荷すしの油揚げとはまた違う、甘い味がした。
「あっしからすれば、狸そばの方が何十倍も美味しいとおもうんですがねぇ」
「私にとっては、きつねうどんの方が何十、いや何百倍も美味しいのだよ。うん、冷えていた身体があっと言う間に温まったよ」
「ごめんなさい、僕のせいで」
冷えていた体が温まったという言葉を自分に対する「お前のせいであんなものと戦わされて、すっかり体が冷えたんだよ」という意味の嫌味だととった少年は申し訳なさそうに言った。出雲は不思議そうに首を傾げる。
「何故君が謝るのだね? 気にしなくてもいいよ、私は月の光のように心が綺麗だからね。困った人を見過ごすことは出来ないのだよ」
「何が月の光のように綺麗な心だ。白いイカが体の中に真っ黒なイカスミをもっているのと同じように、体は白くて心は真っ黒のくせに」
「あんな馬鹿狸のことは信用してはいけないよ。時に少年、君はきつねうどんとたぬきそば、どちらが好きかい?」
出雲は満面の笑みを浮べて、少年に問うた。その笑顔はどこか怖い。弥助も気になるのか、隣にいる少年をじっと見つめた。
「二人ともまたやっているし。きつねうどんとたぬきそば、どっちが美味しいかってことを。僕からすればどちらも美味しいと思うのだけれどね」
三つ目の言葉に、狢が同意する。だが、あの二人にとっては重要な問題なのだ。少年は、弥助と出雲の真剣なまなざしに困惑した。が、やがて素直に答えた。
「僕は、きつねうどんのほうが好きだよ」
出雲が満足そうな顔で微笑み、弥助ががくりと肩を落とした。ものすごく悔しそうである。
少年は、素直な気持ちで答えた。少年は、蕎麦よりもうどんが好きだった。天かすよりは、油揚げの方が好きだったのだ。
「や、君は話がわかる子だね。そうだよねえ、あの白くてつるっとしていて、それでいて餅のようにもちもちしたあの麺。そして、やや甘い油揚げが汁を吸い取って、それでもってその汁たっぷりの油揚げをかみしめると……ああ、本当に天にでも昇りたくなるような気持ちになるよ」
「でも、別に蕎麦も嫌いじゃないよ」
少年は、滅茶苦茶に落ち込んでいる弥助をなぐさめるようにいった。弥助は、いじいじと右手の人差し指で延々とのの字を描いていた。
「いいんですよ、ええ、いいですとも。坊やの慰めなどいりませんよ。大体ね、おこちゃまには分からないっすよ、あの蕎麦のなんともいえない優しい香りと、天かすのあのなんともいえない味やかき揚げの甘みと食感は大人にしか分からないんですよ、ええそうですとも」
いじける弥助を出雲がにやにやしながら見つめた。ほら見ろ、私のほうが正しかったろうといいたげな表情だった。完全に勝ち誇ったような顔だった。
「おや、つまりそれはこの私もお子様ということかい?心外だね、君にお子様といわれるほど私は幼稚ではないよ」
「おにぎり一つも握れない奴が何いってるんすか」
「出雲、貴様握り飯一つつくれぬのか」
鞍馬が呆れたようにいう。
「うわ、嘘、まじで? 僕だっておにぎりくらいは握れるよ」
たかが十一、二年しか生きていない少年にまで馬鹿にされる始末だ。
「別におにぎりなど握れなくてもどうにかなるでしょう。それにおにぎりが握れないからお子様だなんて滅茶苦茶すぎやしないかい? そういう単純な考え方しかできないお前の方が、余程お子様ではないのかね」
「二人とも、お子様だと思います」
狢が、小声でそうぼそりとつぶやいた。それを聞いた柳と鬼灯の主人が笑いながらうなずいた。
「旦那ぁ、あたしは大人だからね。あんな狸公らとは違うからね。あたしには、大人の魅力があるんだよ。ね、だからあたしと鬼灯夜行に行こうじゃないか」
もう首を伸ばしても平気だろうと勝手に判断した白粉が、また首をのばして主人に絡みつく。
「って、まだ諦めていなかったんですか白粉さん」
三つ目小僧はやってやれないわもうという顔だ。
「悪いけど、何度誘われても私ははいとは言わないよ。諦めて他の者といきなさい」
「嫌だよぅ、ああもう冷たいねえ主人はさ。でもそういう冷たいところがすきなんだけどね」
といって、主人の狐面をぺろりと舐めた。その光景をみていた皆は、ただ顔をひきつらせるばかり。柳は困ったような笑みを浮かべながら、白粉の首をぐいと掴んだ。微笑みながら。
「あらあら、あまりお痛がすぎると私も黙ってませんよ?」
いう柳の、首を掴む手の力がどんどん強くなっていく。白粉は青ざめながら「はいごめんなさい」と謝るしかない。結局するすると元に戻っていった。柳は満足そうに笑いながら、主人に寄り添った。本当に恐ろしい女である。
時間は流れる。
少年は、家に帰ることもわすれて、妖達とおしゃべりをしたり美味しい料理を食べたりした。鬼灯で食べる料理はどれも美味しく、食べても食べても食べたりない気持ちになる。特に少年が気に入ったのは鶏肉にほお葉味噌を塗って焼いたものだった。
月は、より一層美しく輝いている。空を満たす氷水は、ますます冷たくなっているようだった。
ふと、酒を飲んでいた出雲がつぶやいた。
「あれ、ところで少年君。君はいつまでここでのんびりしているのだね」
「え、あ、そういえば、今何時!?」
少年は時間が経っていたことも忘れていたらしい。たこ飯のたこが口からポロリと落ちる。
狢と三つ目はさあ?と首をかしげた。妖達にとって時間の経過というのはあまり重要ではないからだ。弥助が、腕時計をちらりと見た。どうやらこの町にある時計屋で買ったものらしい。
「ああ、もう今は夜の12時っすねぇ。こんな時間まで帰ってきていないのでは、家族も心配しているんじゃないっすかね」
少年の顔がみるみるうちに青くなっていった。まるで、一番最初にこの店に入ってきたときのような表情を浮かべている。
「どうしよう!どうしようどうしよう!うわあ、叱られるどころじゃすまされないよ、どうしよう!」
少年は、もう今にも泣いてしまいそうで、いや事実もう目にはうっすら涙が浮かんでいる。頭を抱え、その場でタコのようにくねくね悶える。何故少年がここまであわてているかわからない三つ目や鞍馬、狢に主人に柳はぼうっとした表情を浮かべている。そして皆して首をかしげるのだ。
「はて、どうしようかね」
「出雲、あんたが適当に家族に術でもかけたらどうですかね。この少年君はいつもと同じ時間に家に帰って来て、風呂に入って寝たってことにすれば」
「そうだねえ。どうにかして君が怒られないようにしなくてはいけないね。さて、君。帰るとしようか。主人、お土産でも持たせてあげればどうだい?」
「それもそうだ。それでは、稲荷寿司とたこ飯をつめて、土産にしましょう」
そういって早速主人は準備にとりかかった。弥助はよっこらせといすから立ち上がる。どうやら、桜町に人間として住んでいる彼が、少年を家まで届けてくれるらしい。出雲もついてくるようだ。少年は、できることならここにもっといたいと思った。確かにのっぺらぼうや三つ目小僧の顔を見るのはまだ怖い。でも、ここの雰囲気はなんだかとてもいいし、料理は美味しいし、なにより暖かい。自分の家も好きだが、ここも好きになれそうだった。
でも、もう行かなくてはいけない。眠いし、あまり遅いと大変なことになるし。それにここは、自分のいるべき世界ではないのだから。
それが分かっていてもやはり寂しい。できればまたここへ来て皆と話したり、美味しいものを食べたりしたいと思った。
「ああ、もうここにはこられないんだね」
「しょうがないよぅ。ここは元来人間の来るところではないんだからさぁ。でも、そこの馬鹿狸と出雲の旦那は、坊やのいるこの町の中をフラフラしているから、いつか会えると思うよう」
「そうなの?」
「あっしは、桜山の近くにある小さな喫茶店の『桜〜SAKURA〜』で働いているっすよ。休日くらいなら遊びにこられるんじゃないですかね?あっちの馬鹿狐は商店街を夕方くらいになるとうろうろしているっす。まあ、鞍馬の旦那や白粉、狢に三つ目は普段は人間の前に姿を現しませんからね、会うことはないでしょうが」
「本当は通しの鬼灯を君にやりたいところなのだがね、これは貴重なものだからあまり簡単にやれないのだよ。まあ、気が向いたら君をここにまた招いてあげよう。気が向いたらだけどね」
「本当?」
「私は嘘はつかないよ」
「万年エイプリルフール男の癖に」
「訳の分からない呪文を言うでないよ、馬鹿狸」
「お土産」
弥助や出雲にはいつでも会える可能性があること、そしていつかこの居酒屋にまた来られるかもしれないということを聞くと少年は途端に嬉しそうに笑った。そして、うきうきとしながら、紫色の風呂敷に包まれた土産を受け取るのだった。
「それじゃあ、さようなら。今日は楽しかった」
「まあ、また縁があれば」
主人がそう一言言った。また会えるかどうかは出雲の気分次第ではあるが。弥助が戸をがらりと開けた。
外から、しびれるような冷たい風が吹き込んでくる。白粉がぶるっと身震いした。
「ああ、酔いが冷めちまうよぅ。まあ、さっさといっておくれ」
白粉が少年の姿を見もせずにてを振った。少年は、ゆっくりと外に出た。
「まあ、この子を送ったらまた店に戻るよ」
そういって出雲が戸を閉めた。
夢から覚めそうな冷たい風と、月の光に照らされた途端少年は急に眠くなってしまった。
少年は、それから先の事を覚えていない。
少年が気付いたときには、もう朝で、少年は自分の部屋の布団で寝ていた。外から暖かい光が射し込んできて、少年の体を温める。小鳥達が朝がきた喜びを歌にする。
少年はできるだけゆっくり階段を降り、恐る恐る台所で食器洗いをしていた母に「おはよう」と言った。母はいつもと変わらない笑顔で彼を迎えた。出雲と弥助が怪しい術を使って家族の記憶を変えたのだろう。
あるいは、あの夜のことは夢だったのかもとがくりと少年は肩を落とす。しかし、冷蔵庫にあの紫色の風呂敷に包まれた箱が入っているのを見ると、ああやはり夢ではなかったのだと思った。
少年は、家から帰ってきたら早速食べようかなと思った。
また、会いたい。会えればいい。少年は心の底からそう思ったのだった。
世界が闇に染まる頃、居酒屋『鬼灯』は開店する。人知れずあるその居酒屋では今日も妖たちが集って、笑ったり怒ったり、ケンカをしたり泣いたり、おいしい飯に舌鼓をうつのだろう。その店は『こちら側の世界』にいる私たちには見る事はまずできない。けれど、ふとしたきっかけで我々にも『向こう側の世界』にあるその店を見る事が出来るかもしれない。そして、その店に入って、妖達と美味しい料理を食べたり、美味い酒を飲んだりすることができるかもしれない。
貴方の住んでいる町のどこかの『向こう側』にはもしかしたらそんな店があるかもしれない。そう考えると、この世界で毎日を過ごすのも少しだけ、楽しくなるかもしれない。