クリスマス、クライシス?



『クリスマスは死の香り』と言った人物は誰であったか。他でもない、俺である

ジングルベルジングルベル鈴が鳴り、大きなもみの木、小さなもみの木に赤青金
銀の飾りが並び、クソガキ共は気持ち悪いくらいいい子になり、白いひげを生や
し、赤くて妙にファンシーな服を着た爺が白い袋をしょって街中を我がもの顔で
歩き、俺と同年代の男女は寒さを軽く吹き飛ばしてしまうくらいのバカップルっ
ぷりを見せつけやがる。テーブルには、
哀れな七面鳥やサンタ爺の飾りが乗っかったケーキやらが並び、家族そろってわ
いわい騒ぐ。日本人のほとんどは、その日がキリストさんの誕生日であることを
忘れている。覚えていたとしても、彼を祝う気はないに違いなかった。
そんな楽しい楽しいクリスマスは、俺にとっては憂鬱なものでしかない。いや、
5年前まではそこそこ楽しんでいたのだ。例え彼女がいなくても、例え今住んで
いる家が今にも壊れそうなボロアパートでも、貧乏で豪華なものを買うことがで
きなくても。今までは、同じく恋人のいない野郎友達や、バイトとか大学のサー
クルの仲間達と馬鹿騒ぎしていた。チキ
ンもケーキもシャンペンも安物だったけれど、仲間達と馬鹿騒ぎをしていれば、
そんなことも大して気にならなかった。彼女がいないことも、だ。
しかし、俺のそんなそこそこ楽しいクリスマスは、5年前に唐突に終わりを告げ
るのだった。

ああ、今年も『あの女』がやってくる。俺は、部屋の壁にかけてあるカレンダー
を見た。今日は12月22日。あの『地獄の日』まであと3日だ。25日のとこ
ろには赤ペンで「地獄の一日」と書き込んである。

俺は、5年前のクリスマスのことを、思い出したくもないのに思い出してしまっ
た。
5年前のあの日、俺は夜にサークル仲間達と飲む約束をしていた。特に用意する
ものもなく、家でTVをぼうっと見ていた。町もTVも、どこもかしこもクリスマス
一色だ。

ピンポン、とチャイムが鳴ったのはあたりがすっかり暗くなったころだった。
俺は、今でも思う。あの時、ドアを開けなければよかった、と。
友人が迎えにでもきてくれたのかと思って、俺はろくに誰が来たのか確かめもし
ないでドアを開けた。「おっす」という間抜けな挨拶をセットにして。

そして、俺は固まるのだった。
ドアの向こう側にいるのは、サンタクロースの格好をした見知らぬ女だったから
だ。
女は、自分と同い年くらい……成人したかどうかというくらいに見えた。黒くま
っすぐな髪の毛は胸ほどまで伸び、瞳はやけに攻撃的な光を宿していた。先ほど
も言ったとおり、女はサンタクロースの格好をしていた。といっても、それはミ
ニスカのワンピースで、一般的にサンタドレス、とかいうものだと思われた。
かなりの美少女ではあるが、何故か滅茶苦茶怒っているようで、ちょっと怖い。
しかし、この女を俺は知らなかった。大学内でも、町中でも見たことはない。も
しかしたら、部屋を間違えたのかもしれなかった。

「あの、どちら様で」

「……寒い。さっさと家へあげなさい」
それが、あの女の記念すべき第一声だった。

「は?」
呆気にとられる俺を全力で無視して、女は俺を押しのけて家の中へ入り込んでい
った。なんだなんだ、新手の強盗か?ちょっとまて、なんで勝手にこたつに入り
込んでいるんだよ、ていうかお前誰だよ、おい。

「まったく、古ぼけた家だわ。あんた、よくこんなところで暮らしていられるわ
ね」

「いや、勝手に人の家にあがってきて何言ってんだよ。ていうか、お前誰だよ」

「お前? たかが人間の分際で私のことをお前呼ばわりするなんて、生意気ね。
私はね、精霊なのよ。あんたなんかよりずっとずっと偉いんだから」
せいれい?俺は、女が一体何をいっているのか理解できなかった。呆然としてい
る俺の顔をみて、女はますます不機嫌そうな表情を浮かべた。

「ちょっと、あんた精霊も知らないの? あんた、馬鹿じゃないの?」
勝手に家にあがりこんできたような女に、何故馬鹿扱いされなければいけないの
か。ああもう、精霊だか敬礼だか知らんが、腹が立つ。

「見ず知らずの女に馬鹿呼ばわりされてたまるか! お前一体なんなんだよ!」

「だから、精霊だと言っているでしょう。物分りの悪いやつね、あんた。まあ、
でもしょうがない。この際あんたが馬鹿だろうが利口だろうが関係ない。……私
はね、恩返ししにきたのよ、あんたに」

「おん……?」

「そ、恩返し。あんたには借りがあってね。んで、その恩返しをしにきてやった
ってわけよ。感謝しなさい、ふふ。こうやってこれから毎年、クリスマスの日に
ここに来て、あんたと一晩過ごしてあげるの。言っておくけど、拒否権はないわ
よ」

「はあ? お前何訳のわからないこといってやがるんだよ! ていうか、俺はこ
れから友達と」
飲みに行く、といおうとしたとき、電話のベルがけたたましく鳴った。俺は何故
かにやにや笑っている女を睨みながら受話器をとった。

「もしもし。あ、ユーイチか。もう少ししたら家を……へ?」
俺の耳に届いた言葉は『ごめん。飲み会中止になった』だった。主催者は風邪で
寝込み、他の奴らにも急用ができてしまったのだという。電話の相手であるユー
イチも、急にバイトをいれられてしまって参加できなくなったらしい。
俺はその言葉を、まるで死刑宣告でも聞くような思いで聞いた。電話は早々に切
られ、俺はため息をついた。女は頬杖をつきながら、にやにや笑っている。

「残念だったわね。ふふ、逃げられないわよ」

「お前か、お前が何かしたのか!」

「ほほ、なんのことかわからないわね」

「この化け物!」

「化け物!? この私を化け物だとか妖怪だとかいう低俗な奴らと一緒にしない
でよね!」
そういって、女は自分の近くにあったクッションをむんずと掴むと、俺の顔面め
がけてぶん投げた。ナイスコントロール。……クッションはものすごい音をたて
て、俺の顔面にあたった。

「なにするんだよ! お前本当に恩返ししにきたのかよ!」

「うるさい! この私みたいな美女が、あんたみたいな冴えない男の傍にいてや
るなんてこと、まずないんだから! 感謝しなさい!」
……どこからどうみても、恩返しにきた人間の態度ではない。

結局女は本当に夜が明けるまで、俺の部屋に居座り続けた。酒やチキン、ケーキ
などを俺に買わせ、ほとんど一人でそれを平らげ、俺が寝ようとすると蹴飛ばし
てきて無理矢理起こそうとする。それを無視すると、今度は男にとって一番蹴ら
れると痛いところを容赦なく蹴りつけるのだ。
夜中の3時くらいになって急に「〇〇というコンビニに売っている肉まんが食べ
たい」と言い出し、俺にそれを買わせにいかせる。そして、寒さに震えながら帰
ってきた俺に、今度は「〇〇というコンビニに売っているデザートが食べたい」
と言い出し、再び外に追い出すのだった。
女が何をしたいのか、俺にはさっぱりわからなかった。恩返し、というよりは恩
をあだでかえすといった感じだ。
女は、俺が数分寝ている間に姿を消していた。

そして次の年のクリスマス、その次のクリスマスの日にも女はやってきた。
俺はその日に無理矢理友人と飲む約束をいれたり、バイトをいれたりするのだが
、何故か毎回相手方に用事ができておじゃんになったり、急に「今日はこなくて
いいよ」と言われたりするのだった。
女を家にあげないよう、厳重にカギをかけても、無駄であった。女が人間でない
事は確かなようで、奴はドアをすり抜けて家の中に入ってくるのだった。その光
景を初めて見た時、俺は正直少しちびった。そして女は入ってくるなり俺を勢い
よく蹴飛ばしてくる。

「あんた、この私から逃げようと、また予定をいれようとしやがったわね! お
まけにこの私を家に入れようとしないなんて!!」
そういって、俺をなんでも蹴飛ばし、ぶちまくり、そして罵詈雑言を浴びせるの
だった。

さらに俺は、女のためにアクセサリーやら本やらといったクリスマスプレゼント
と、奴が指定する店に売っているチキンとケーキを買いに行かねばならなかった
。貧乏学生のサイフにトドメをさすくらいの出費となる。……しかし、あの女が
俺のためになにかをもってくるということは全くない。

「私がくること自体、最高のプレゼントよ!」
などと、自信ありげにのたまいやがるのだ。

……俺は、そんな忌々しい思い出の数々を思い出し、ため息をつく。
ケーキとチキンは当日に買うつもりだ。プレゼントは、もう買ってある。全く、
なんだって俺は恋人でも友人でもない女のために、ここまでしなくてはいけない
のだろうか。

ああ。また恐ろしく、また騒がしいあの日が訪れる。
今年は何回股間を蹴られるだろうか。今年は一体どんな罵詈雑言を浴びせられる
のだろうか。今年は、どんなワガママにつき合わされるのだろうか。

ああ、俺のクリスマスは今年も滅茶苦茶になるだろう。

「地獄の日」は、今年も……やってくる。