艶花の色




池田屋討ち入り

倒幕尊王攘夷派の大物を討った新撰組は、京の人々の記憶に新しいものである。
その事柄を詳細に記した瓦版に描かれた池田屋の前に立つ副長の錦絵の、鬼気迫る迫力に人は寒気を覚えるほどだった。
浅葱の羽織に鋼の帷子。
抜き身の刀身片手に、鉄の鉢鉄を締めた鬼神の如く仁王立ち。
描かれたその男――土方歳三。






「私(ウチ)……あのお人のお顔見ながら斬られるなら本望どす」
「こン妓は何言い出すのや!」
「そやかてお姐はん。 あない瓦版よりえろう綺麗なお顔を見ながら死ねたら最高どすえ」

京の遊郭、島原。
煌びやかな艶と、暗黒色より深い闇を持つ京一の色里。
それは壬生の新撰組屯所からまっすぐ南下した位置にある。
大籬から見える紅赤、赤丹、薄花桜、瓶覗……華美な討ち掛け。
烏羽色の横兵庫髷に挿す鼈甲の笄、金色や藤黄のびらびら簪。
飾り立てた遊女達は、外を歩いている男の噂で盛り上がっていた。

「相変わらずですね土方さん」
「遊女の戯言なんざ気にするな。 それより総司、お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。私は同衾せずに相方とお話を楽しむだけだから」

新撰組一番隊隊長 沖田総司は池田屋討ち入りの時に喀血し、死病である労咳であることが判明した。
そんな病気であることを微塵にも思わせない笑顔で沖田は土方に言う。

「今日は若い隊士達を遊ばせてやるために島原に来てるんです」
「まあ無理はするなよ」

それだけ言い、馴染みの妓楼の暖簾をくぐる土方。
その後ろを沖田他、隊士達はついていく。
中にいた旦那は土方を見るや否や、丁寧に頭を下げた。

「おいでやす土方先生。他の隊士の皆様もよぉこそ」

旦那の声を聞き、奥から飾り立てた遊女達が駆けつけてくる。
「土方はん」「歳はん」と彼女達は口々に言い、土方の前に立った。
隊士達は各自、自分の馴染みのところへ行く。
戸口に残ったのは土方だけだ。

「土方先生……先日、雪里は落籍してはりまして……」
「ああ、そうだったな」

馴染みの遊女は身請けされていた。
どうりで目の前には選んでくれと言わんばかりに遊女達が立っているはずだ。
どの妓も、特に違いはない。
飾り立てた美しい存在。

「一人で静かに酒を飲ませてくれないか?」

その言葉を聞いたとき、彼女達は一斉にため息をついた。


*  *  *


夜は長い。
開け放つ障子から見える鴇色をした芙蓉の花。
ようやく涼しなった風に吹かれて揺れる。
酌をしてくれる相手なく、土方は一人で酒を飲んでいた。
眉間に皺をよせ、何を思っているのか。
幾多にも斬った者達のことか、それとも落籍された雪里のことか。
そういえば雪里と最後に逢ったとき、彼女は土方に身請け話について相談してきていた。

『私(ウチ)に身請け話があるんどす……歳はん、どないしたらよろしおすやろ?』

引き止めて貰いたかったのであろう。
雪里の縋り寄る視線をよそに、土方は黒緑の羽織を羽織る。

『よかったじゃないか、めでたく廓を出て行けるんだ。 達者に暮らせよ』
『歳はんっ!』

あのとき、彼女の声を背中に聞きながら、土方は部屋を出たのだ。
来るもの拒まず、去るもの追わず。
雪里に落籍の話をされていていたのにも関わらず、すっかり忘れていた土方。
さすがに、すぐに違う妓に乗り換えるのも気が引けた。
自分で酒を注ぎ、自分で飲む。
そのとき、芙蓉の花向こうで遊女達の華やかな笑い声が聞こえた。
笑い声は四つ。
土方は外へと目を向ける。
反対側の開けた座敷には美しき四人の遊女。
否、五人。
中黄に薄紅で描かれた花の屏風の前。
笑う四人の奥に座る一人の女。
唐紅の打ち掛けには季節多様の花々が描かれ、誰よりも艶やかで、誰よりも美しい。
その女は四人の遊女とは違う方向を向いていたが、土方の視線を感じたのかこちらを向いた。
なぜか、遠くにいるのに彼女の唇が笑ったのが解る。
すっ、と立ち上がる女。
まるで流れるように、頭を揺らさず、四人の遊女の間を縫って部屋を出る。

「どないしはりました? 豊玉様」

豊玉――土方を俳名で呼んだ花柄の唐紅の打ち掛けの女は、いつの間にか彼の隣に座っていた。
白練のような細い指が徳利を持ち、土方の持つお猪口に酒を注ぐ。
襖が開いた気配はなく、開け放たれているのは障子のみ。
外から聞こえた笑い声は、今や聞こえない。

「何時の間に……」
「さきほど、あんさんが呼んださかい」
「俺が?」

先ほど笑った鮮血より赤い唇が、よりいっそう赤く見える。
唐紅の打ち掛けの中に咲く花々は本物より美しく咲き誇っている。
女は土方の手をとり頬を寄せる。

「私は椿。 こない血濡れの美しゅう手、今まで見たことあらんどすえ」

土方の指を舐める椿と名乗る遊女。
世にも艶冶な笑みを浮かべ、指に歯を立てた。
深緋の土方の血が、椿の赤い唇を彩り、彼女の紅赤の舌が血を舐める

「何をする!?」
「私らが咲き誇れるのも、あんさんがたくさんの血をくれるからどす」

土方と椿の周りを、赤い椿の花が畳覆う。
花弁を落とさず花の形のまま首を落とす椿の花。
この光景は、まるで血溜まりの中に座っているようだ。
驚きのあまり周りを見回す土方の上に何かが舞い落ちる。
それは、この季節にはありえない桜色の花弁。
桜の花だ。
更に降り注ぐ藤、山吹、石楠花、菖蒲、牡丹、百合、桔梗、萩、竜胆、菊、山茶花……数々の花弁は土方の上に降り注ぎ、畳に落ちる。
落ちた花弁は、どの色も血に染まるように赤くなった。

「どうぞ、こちらへ。 お姐はん方もお待ちしとります」

花柄のない唐紅の打ち掛けを着ている椿。
彼女は土方の手をとり、閨へと招く。
畳を歩くたびに、土方の足に何かが纏わりついた。
彼が下を見れば椿の花はなく、そこには血の地面が広がっている。

「お前は……お前達は血を滋養に咲き誇っているのか?」

先ほど、土方に降り注いだ花々は、彼が京に来てから作った発句の題材だ。
数多の人間がこの京で殺し合い、血を流している。
その血を吸い続けてきた花々。
いま“斬る”ことで大きくなっている新撰組に、花達は惹かれているのだ。

「へェ、これからも宜しゅうお頼お申します。豊玉様。
 あんさんが血をくれるなら、私らは望みを……」










「土方さんっ!!」

沖田に揺り起こされて、土方は鈍い痛みの走る頭を押さえながら起きた。
開け放った障子からは笑い声が聞こえ、芙蓉の花を揺らす風が吹き込む。

「一人で飲みすぎたんですか?」
「……一人?」
「え? 一人ですよね?」

土方と沖田以外の人の気配は無い室内。
誰かが来た形跡も無い。
ただ、土方の前にある膳の上に赤い椿の花が乗っていた。

「俺が斬る血を、捧げろってことか……」

椿の花をとり、花弁に口をつける。
先程の美しい女は血を吸い育つ艶の花。
沖田が何か言っているが耳を貸さず、彼は花を見つめた。

「ああ、幾らでもくれてやろう。 俺たちを……新撰組を……高みへと導けるならば、な」

唐紅の血の如き赤き椿は、了承したと言わんばかりに花弁を揺らす。
そこに、風は吹いていなかった。









〜あとがき〜
書いてる途中で力尽きたよ
↑新撰組のことなんざ、全然知らないのに書くからだ

とりあえず、宿題終わったことにしておこう