吹雪の夜に来る者




今年の初雪は早かった。
天気予報では年越し前に大寒波が来ている、とほがらかに言われ、無駄だとわかっていながらテレビに映るアナウンサーに愚痴を零してしまうくらい寒い。

彼女は歩いて30分かかる親戚の家から帰る途中である。
昔から孫のように自分を可愛いがってくれた独居老人は、昨日通販で届いた気の早いクリスマスプレゼントをくれたのだ。
子供のようにプレゼントを大事に抱え、雪混じりの潮風が吹き付ける中を、身を縮めて家路を急ぐ。
あたりは暗く、海のようすは見えないが、波音を聞くかぎり今日は荒れているようだった。
彼女が生まれ育ったのは豪雪地方で知られる北国の片隅にあるこの漁村。
高齢化の波が押し寄せていて、若い者は全員幼なじみである。
だから、海沿いのコンクリートの縁に佇む見知らぬ男性を思わず凝視してしまった。

「………?」

知っている顔ではないため地元の人間ではないことは確かだ。
何より、近所の住民ならば夜の海に近付くような危険を犯すはずがない。
雪降る北国に似つかわしくない薄手の黒いロングコートの裾と、雪のように白い髪を寒風になびかせている。
中性的……いや、むしろ無性的といえる冷たい美貌が彼女のほうを向いた。
闇夜の中、やけに鮮やかに赤い切れ長の瞳がすうっと細められるのが見える。

「今晩は」

男性の声は優しかった。
心地良いテノールは、普段見る穏やかな海を思い出させる。

「こ、今晩は」

彼女はギクシャクと挨拶を返した。
男性の美貌に尻込みしながら、なんとか笑顔を作る。
そんな彼女の元に、男性は滑るように近づいた。

「お久しぶりですね」
「えっ……あの、失礼ですがお会いしかことありましたか?」

男性はクスッと笑った。
形のよい唇が孤を描く。
本格的になり始めた雪が、立ち止まっている二人の頭に降り積もってきた。

「ええ、毎日お会いしてますよ」

彼女は首を傾げた。
こんな綺麗な男性なら一度会えば覚えるはずなのに、記憶の中にはまったくない。

「今日は貴女の迎えに来ました」

考える彼女に、男性は言う。
男は海を指差した。
彼女は男の指の向くほうを見る。
昏い海の向こうからゆらゆらと灯りが近付いてくるのがわかった。
船──にしては、この吹雪の日に海にでるような者は近隣にはいないし、港でもない場所にやってくるのは妙だ。
しかも、運転者はいない。
無人の船は、飼い主を待つ忠実な犬のようにコンクリートの縁にギリギリまで寄せて停止し、荒れる波に揺れている。
気味が悪くなった彼女は、逃げるように身を翻した、が

「どうしましたか?」

男性の白い手が、しっかりと彼女の腰をとる。
青ざめた彼女の顔に、潮の香りとともに寄せられた美しい顔が楽しげに笑う。

「この吹雪が止む前に、門をくぐらなければなりません」

微笑を刻んだ唇がそう告げた。
そのまま抱かれた彼女の腕から、貰ったプレゼントが落ちる。
いつの間にか気絶していた彼女は、男性に抱かれたまま、荒波の中を船で連れて行かれる。
だいぶ小雪になった数時間後、なかなか帰ってこない彼女を探しに来た家族は、海の向こうに稲光のような白い光が天に登っていくのを見た。
その足元に、波に揉まれたプレゼントが落ちていたが誰も気がつかなかった。
紙製の外装が取れ、中に入っていた一冊の本が海水に浸かっている。
その本は、この地方に伝わるもの。
彼女も幼少時に親から聞かされたことのある話。


吹雪の夜、海の神に連れて行かれた女の物語――。