星ひとつ
今年の七夕祭りは雨で、中止になった。
残念じゃのぅ、と父に言うと、
「陰暦でやるみたいで。」
と笑った。
私はこういう、この島の柔軟さが好きだ。
裕次郎が、「しぃちゃんはロマンチストってやつじゃな。」とシャープペンシルをぐるぐると器用に指で回しながら言う。
「おじさん、陰暦だといつになるん?」
「ん?八月七日じゃろう。」
「一カ月遅れか。」
「うん。」
「笹、切り出しにいかんとなぁ。」
「ウチ、一緒に行こうか?」
夏の暑さにうだりながら、私たちはひたすらに夏休みの課題を片付けていた。
気分転換をしたかったのだ。
「あほぅ。女の子にゃぁ危ないから駄目で。」
「そがぁならわしが行こうか?」
「おぅ。裕次郎に手伝ってもらうかのぅ。」
「裕君ばっかりこすい(ずるい)。ウチも気分転換したいのに。」
「ほんなら見とったらいいよ。ね、おじさん、離れたとこで見とったら危なくないよの。」
「ん?うぅん、まぁ、えかろ。」
やったぁと勉強道具を投げ出して、私は山に入る支度をした。
力仕事をする姿は男の子だなと思う。
「裕君、一番大きいのにして!」
「任せて!」
きゃいきゃいしながらはしゃいでいると、裕次郎が本当に大きいのを切り倒す。
傾く笹が近付いて、遠くで父が「静!危ないっ」と叫ぶのと同時に、裕次郎に突き飛ばされながら抱きしめられた。
突き飛ばされた先はやわらかな土と草だったから痛くないけれど、頭を押さえてうずくまる裕次郎が目に入ってとても怖い気持ちになった。
「痛たぁぁ…しぃちゃん、大丈夫か?」
「う、うん。裕君のおかげで大丈夫じゃ。っていうか、裕君のが平気?」
「笹じゃけぇ大丈夫。」
木だったら死んでたかもしれん。と真剣に言うので、少しほっとして笑った。
父からは「欲張るけぇ山の神様に怒られたのかも知れんど。」と言われた。
そうかも知れない。
八月七日は快晴ではないけれど、雨ではなかった。空の上で雲は関係ないから、もしかしたら七月に織姫と彦星は逢瀬を済ませてしまっていたのかも知れない。
七夕飾りを買い、折り紙を買い、勉強なんて忘れて短冊を作った。
「しぃちゃん、お願い事は一人何個まで?」
「何個でも。あの笹は裕君が切ったから、裕君の笹じゃ。いくらでも書いたらええよ。」
「じゃぁ、しぃちゃんもたくさん書いてな。」
「うん。」
頭がよくなりますように、とか、健康でいられますように、とか、ありきたりなものばかりを書いた。
それらは笹の中ぐらいのところにつける。
見られてもいいように、だ。
金の折り紙でつくった短冊には、私が一番叶えて欲しいことを書いた。
これは裕次郎にも誰にも内緒だ。
「一番上は、脚立がないと届かんのぅ。」
「わしが付けちゃろうか?」
「だめ!これはウチが自分でつけなきゃいかんのよ。」
「でも、届かんじゃろ?」
「届かんけど、」
「お願い事覗いたりせんかんら。わしが付けちゃるよ。」
「絶対で!絶対のぞかんでよ。」
「うんうん。」
裕次郎は背伸びをして、らくらくと一番上につけてくれた。
「覗いた?」
「覗かん。」
「ホンマに?」
「うんうん。」
人が二回返事しているときはだいたい嘘をついている。
裕次郎に限ったことではない。
「願いが叶うとええね、しぃちゃん。」
「うん。」
「一緒の大学行こうね。」
「うん。」
「『ずっと一緒にいようね。しぃちゃん。』」
「うん…。裕君、やっぱり願いごと覗いたじゃろ。」
「の、の、覗かんよぉ!」
あわてながら手をつないできたので、仕方がないから許してあげた。
でも、やっぱり裕次郎が願い事を覗いたせいなのか、曇りだったせいなのか、八月七日だったせいなのか、願い事は叶わなかった。