始まらないのに終わりを告げて





化粧っ気のないバイト先の同期が、ある日綺麗になった。
爪と目元をピンク色にして、指輪もしてみたりして。
どうしたの?なんて先輩たちに聞かれているから、僕は冗談のつもりで聞いてみた。
「彼氏?」
「え?あはは。」
笑ってごまかされた。
つまりそういうことだ。
恋愛は宝くじみたいなもんで、告白しなけりゃ始まらない。
そういったのは、僕の恋愛相談に乗ってくれた友人だ。
それはなんでもそうだろう。
ごめんよ、たかちゃん。告白する前に俺はどうやらはずれたらしい。
そう電話で報告すると今度は、
「いいか、ヨシくん。恋愛ってのは勝負事さ!敗者復活もありえるぜ!チャンスを待てっ」
お前この間宝くじとか言ってなかった?諦めるなって?他人事だと思って言ってくれるよ。
見るたび色づく彼女を、奇麗にしているのは俺じゃない。
化粧っ気がないころから好きだった、なんて誰か信じてくれるだろうか。
「もしかしたらお前の勘違いで、彼氏なんていないかもしれないぜ?」
「それは、…望みが薄い可能性だな。」
「まぁまぁ。当たって砕けろ!」
「結局それかよ!」
もう、たかちゃんには絶対に相談しない。
もう何度も繰り返した文句を吐き捨てて通話状態を切断した。
「あ、お疲れ様ですー。」
「あ!お疲れ様です。」
店員用の名札を取りながら、彼女が事務所に入ってきた。今の会話が聞かれていないか、気になったけれど、「聞いてた?」なんて確認を取るのは余計に怪しいのでやめた。
「彼女?」
「え?あはは。」
今度は俺がごまかすほうだ。
痴話げんかにでも聞こえたんだろうか。
「いや、友達。」
「そっか。」
今日は俺と彼女だけだ。他のパートの人やアルバイトの人はいない。
恋愛は、当たって砕けろ。
「鈴木さん、さぁ。」
「うん?」
「彼氏、いる?」
「彼氏は、いない。」
彼氏は、いない。だってさ。
なんで?と聞かない彼女はきっと、俺が次に言う言葉を知っていて、それへの返事ももう決まっているのかも知れない。
「付き合ってる人は、いないってこと?」
「んんー、…違う。彼氏は、いない。」
「どういう、こと?」
「あたしね、」
ドルドルとかっこいいエンジン音が聞こえ、店の外に大きなバイクが止まった。
「サヨ、仕事終わった?」
「うん。今終わったトコ。」
黒髪短髪の、モデルのような女の人だった。
「彼、吉田君。バイトの同期なの。」
「へぇ。どうも、ウチのサヨがお世話になってます。」
「いや!いえいえ、こちらこそお世話になってます。」
声もカッコイイ感じの人だ。
男前な人。
「吉田君、彼女、美香。あたしの恋人。」
「え、」
「サヨ、もういいの?帰ろうよ。」
「うん。じゃぁね、吉田君。また明日。」
恋人からヘルメットを受け取って、彼女は一度振り返って俺に手を振った。
俺も手を振り返した。
そうか。そういうことか。
彼氏は、いない。ね。
確かにそうだね。
「たかちゃん、完璧にはずれだった。なんていうの?宝くじでいえばひとケタもあってない感じ?勝負事でいえば相手にもされないっての?当たって砕けろっていうか玉砕だったよ。」
『まぁ、落ち込むだろうけど、周りを見てみろ!女はたくさんいるぞっ大丈夫大丈夫。』
他人事だと思って言ってくれるよ。
だけど今は、たかちゃんの言葉が心に染みた。
俺はなるべく前を向いて、彼女の恋人には到底かなわないボロい自転車を漕いで帰ることにした。
明日、バイトで彼女と一緒になる。そしたら、
「鈴木さんの恋人、かっこいいね。」
って、嫌味とか僻みではなく、純粋な気持ちで言ってあげようと思う。