h o t r a i n





変に浮つく左胸の心臓を、抑え込むのに苦労していたら、目の前の電車が通り過ぎて行って、追いかけたんだけれど間に合わなかった。
次の電車も、その次の電車も見送ってしまって、最終的に四時間ぐらいその場にいた。
人はかわるがわる乗ったり降りたりしているから、そんな僕を不審に思う人は駅員ぐらいだ。
最近はサービス業も冷たくなったもんだ。
ぼんやりとしている僕に、「どうかしましたか?」ぐらい聞いてもいいもんなのに。
僕は諦めて逃げるようにどこへ行くかもよく分からない各駅停車の電車を選んで乗り込んだ。
席はなかなか空いている。
だれ一人座っていない。
僕は我が物顔で座席のど真ん中を陣取ってみた。
ふんぞり返って、足も悠々と広げたりして。
とがめる人は誰もいない。
だれ一人座っていない。
僕は突然むなしくなった。
だから先頭の車両まで慎重に進み、一番端のところに、なるべく体を小さくちぢめて座った。
するとガラガラと変な音をたてて電車の扉が開き、どやどやとやかましく何事かを話しながらペンギンの群れが入ってきた。
よちよちとした、可愛らしい容姿をしているくせに、しゃべっている言葉はなにやら意味の分からない若者言葉だ。
うるさいな、と思った。
僕がせっかく遠慮して一番端の席で小さくなっているというのに、ペンギンたちはよちよちとべちゃべちゃとしながらわらわら広がっていく。
生臭い。
僕は途端に不快になった。
どなってやろうかとも思ったけれど、それはそれで面倒くさかったからやめた。
扉が閉まり、電車は次の駅を目指しだす。
嫌な臭いが充満する。
僕は気持が悪くなったので俯いた。
電車はすぐ止まった。扉が開き、今度はアシカだかトドだか、とりあえずそのへんの種類のが二匹入ってきた。
生臭い。
ペンギンたちもなんだか自分たちの生臭さを棚に上げて不快そうな顔をしている。
アシカだかトドだか、とりあえずそのへんの種類のはどっかりと座り、いかにも疲れているというような顔で息をついた。
生臭い。
電車は走り出し、僕とペンギンとアシカだかトドだか、とりあえずそのへんの種類のを乗せて走りだす。
すぐに止まる。
また扉が開いた。今度はできれば乾燥した地帯の動物がいいな、と思った。
すると入ってきたのはライオンだった。カップルだ。
ペンギンとアシカだかトドだか、とりあえずそのへんの種類のをひと睨みし、端に座った僕には興味もないようなそぶりで座席へ着いた。
ペンギンたちは少し静かになった。
電車は走り出す。
次の駅で止まる。
感覚は短い。
扉があいて入ってきたのは猫三匹と犬三匹とアヒル数匹だ。
猫と犬はなにやら親密そうな空気を出している。
アヒルはがぁがぁと非常にうるさい。ライオンの睨みもなんのそのでしゃべっている。
少し、車内は泥臭い。アヒルのせいだと思う。
僕はとても降りたいなと思った。
この生臭く、泥臭い不快な空間から出たいな、と思った。
次の駅で降りよう。そう心にきめた。
電車が発車し、直に止まる。
扉があいて、腰を上げたものの、入ってきた人が人だったので僕は驚いて座りなおしてしまった。
入ってきた人は周りの動物たちに無関心で、僕の所まで来ると、横空いてますかといった。
言ったと思う。僕がぼんやりしていたのと、ペンギンとアヒルがうるさくてよく聞き取れなかった。
僕はとりあえず、どうぞ。とだけ言って黙った。
その人は若かった。男の人か女の人か、僕には判断できなかった。
知らない人をそんなジロジロみるのは気が引けるし、ジロジロ見たとしても、きっとわからなかっただろうと思う。
ただ、顔は奇麗な人だ。
なぜこの人だけちゃんと人間に見えるのか、それは分からなかった。
気がついたら車内は非常に静かだった。
まるで、この人に気圧されているように。
ゆっくりと電車が動き出す。今どのあたりまで来ているのか見当もつかない。
いったいどこまで行けばいいのか、分からない。
あてのない旅ですか?と僕を見て人間は言った。僕は旅というほどのものではありません。と答えた。あぁ、じゃぁけっこう地元の方なんですか?と聞かれたけれど、今いる場所も分からない僕を地元人だと思われていろいろ聞かれても困るので、それは違うと答えた。不思議そうな顔をされたけれど、もう二度と会うこともないだろうと思うのでどうでもよかった。
人間がもう一度口を開こうと瞬間、僕のポケットからけたたましい電子音が鳴り響いた。
ペンギンとアヒルが機敏な反応で僕を見て、ライオンが煩わしげに眉をひそめる。アシカだかトドだか、とりあえずそのへんの種類のはちらっと僕を見ただけだった。
僕は馬鹿みたいにあわてながら電子音を探り、小さな角角した携帯電話を取り出して、急いで通話ボタンを押した。みっともないぐらい小声でもしもし、というと、大声で、早く帰ってきなさい!と言われた。声の主はよく知っている人だと思うのだけれど、うまく思い出せなかった。
声の主があまりにも大声だったので、どうやら周りにも聞こえていたらしく、ペンギンはギャイギャイと帰ったほうがいいよと言い、アシカだかトドだか、とりあえずそのへんの種類のは心配かけたらいかんと威厳のある声。ライオンは無関心そうにフンと鼻を鳴らした。猫と犬は何も言わない。アヒルはガァガァと早く帰んなさいと口々に一斉に。
うるさいけれど、それもそうだな、と思う僕がいる。
人間は何を言うのかと思っていると、何も言わずにただ、うなずいていた。
「僕、次で降ります。反対側に乗らなきゃ。あなたも、降りたほうがいい。」
それだけを早口で言って、扉が開いたとたんに僕は人間の手を取って走りだして飛び出す。すると、まるで何かの映画のワンシーンのように歓声が上がり、僕は主人公のように輝いていた。一度だけ振り返る。動物たちは人間に戻っていた。高校生のような集団と、サラリーマンが二人。外国人のカップルと大学生ぐらいの男女が六人。おばちゃんの集団は心配そうに手を振っている。
みんな口々に何か言っている。
僕は代わりに、お元気で、と返した。



記憶にあるのはそこまでだ。
目が覚めたら病院の一室に寝かされていて、周りでは家族や友人が涙目で立っていた。
みんな僕の名前を呼んでいるようだった。
世の中ではかなり大変なことが起きていたらしい。
僕が乗っていた電車は、カーブを曲がり切れずに横転。
先頭車両に乗っていたのは僕を含めた十数名。生き残ったのは僕ともう一人、女性らしい。
「(そういうことか。)」
なんだか全部悟ったら涙が出た。
あの生臭さや泥臭さは、ペンギンやアシカだかトドだか、とりあえずそのへんの種類のや、アヒルの匂いではなかったのだ。
人の命の匂いだったのだ。
「(生臭いなんて思ってごめんよ。)」
心の底から謝った。
「(不快だと思ってごめんよ。)」
元気になったら、もう一人の生き残りに会いに行こうと思う。
電車には、もう当分乗るのはやめようと思う。