あるいはそれが愛ということ(20.気分が悪い)
僕には少し変わった癖のようなものがある。
それは、恋人のすべてを手に入れなければ気に済まないことだ。
すべて。と言うと、それはどこまでかと聞かれるが、すべてはすべてだ。
心も、体も、視線も思考も、環境もすべて僕のものにしたい。
とにかくすべて。
手に入らなければ無理やり、ということも多々あった。
しかしその方法をとると、結局のところすべてを手に入れたあとに大切なものを失うことになるので、僕は幾度となく恋に失敗してきた。
でも今回は違う。
彼女はきっと違う。
「僕、貴女のことが好きなんです。もし、貴女も僕のことを想ってくれるなら、付き合ってほしい。ダメなら、だめで、諦めますから。…」
目をつむった彼女は何も言わない。
僕はそれを肯定と受け取った。
「うれしいよ。ありがとう。僕と一緒に、ここを出よう。」
僕は彼女を抱きあげて走り出す。
彼女の体はひんやりとしている。
静かに夜を走り出す。
僕は誰もいない広い野原にたどり着くと、彼女を横たわらせて、そっと首筋に鼻を寄せた。
甘い匂いがする。
「これから、僕は君のすべてを手に入れるんだ。僕は嬉しい。君も嬉しいだろう?」
彼女は微笑んだ。
僕は本当にうれしくなった。
首筋に顔をうずめる。
やわらかな皮膚は簡単に破けた。
少し腐敗の始まっている皮は口の中で簡単に溶けた。
乳房に頬ずりをする。乳首は唇で少し食んだだけで簡単に千切れた。
ほっそりとした腹部に人指し指をさし込み、ゆっくりと下へ下げると、ずぶずぶと破れた。
内臓は美しい。
赤茶に黒を混ぜたような色だ。
鉄の匂いに包まれた身ぶるが起きた。
胃と腸を分ける。
あばらを取り除く。
糸ノコで骨を切って、骨髄をなめる。甘い。
小腸をすすると、最高に至福な気持ちになった。
心臓はまず、血液を吸ってしまう。そうすると小さくなって食べやすいのだ。
僕は心の底から満たされた。
血の一滴も残さなかった。
満腹だった。
満月だった。
頭と骨だけになった彼女に僕は話しかける。
「君は無口なんだね。前の彼女たちはやかましかったよ。痛いとかやめてとか。だけど君は僕を受け入れてくれた。嬉しいよ。僕をこんなに静かに受け入れてくれたのは君だけだ。…僕たち、一つになれたよ。」
「米さん、取り調べすんだんすか?」
「おぉ。」
五十代に届くかどうかと言った容貌の男は、くわえ煙草でパソコンに向かう若い男の質問に短く答えた。
「さっき山田が真っ青な顔しながらトイレ行きましたよ。」
「あんなの聞かされりゃぁな。」
「ははっ、あのスプラッタ事件の詳細ッスか?」
「そうそう。」
米さんと呼ばれた男はくわえ煙草の男に「俺にも一本分けてくれ。」と手を伸ばした。
「米さんたばこ止めたんじゃないんですか。」
「ばかやろう。あんなん聞かされて吸わずにいられるかよ。」
「ははっそりゃそうだ。…それにしても山田、大丈夫かなぁ。あいつ、検死の時も青白くなってトイレでモドしてましたよ。」
「初めてはそんなもんだろ。森本もそうだったじゃねぇか。」
「思い出させんで下さい。」
「よ、米原さん。取り調べは…」
ぐったりとした山田が帰ってくると、森本は間延びした声で大丈夫かーと聞く。
「終わったよ。」
「す、すみません…。」
「まぁしゃーない。さすがに俺も気分が悪くなった。」
米原が煙草の煙を出すと、森本も同じように吐き出した。
ぼんやりと宙を見つめて、
「人間ってうまいのかなぁ…」
と言った。
「…ぅっ」
「ここで吐くなよー。」
捜査一課の入り口で、事務の木下百合子が米さーんと呼んだ。
「出張中の田口課長からお土産届きましたよ〜」
「おぉー。中身は?」
「えっとぉ、胃袋と肝臓と腸詰とぉ、」
「うぉぇーっ」
「わっ山田バカっ」
「木下ー。臓器名で言うなー。」