クリスマス宣戦
「絶対に嫌われた。」
「誰に?」
クリスマスも近いイギリスは寒い。
日本を離れてから、一番にできた友達、ジンジャーが僕の手元を覗き込んで言う。
「チェっ日本語かよ。読めないー。誰に手紙書いてんの?」
「誰だと思う?」
「母親?友達?」
「ブッブー。恋人。」
「えぇぇ!!お前恋人居たの!?どうりでゲイでもないのに女遠慮すると思ってたんだ。なるほどね。日本にいたのか。そいつはずいぶんと遠距離だなぁ。」
「ま、たぶん嫌われたけどね。」
ジンジャーはガムを噛みながら首をかしげた。
「なんで。」
「一緒の大学いく予定だったんだ。ずっと一緒にいるって約束もしてた。」
「それがこっちに編入になってだめになっちゃった、と。」
「…うん。」
今でもはっきり覚えている。
僕が書きなぐった連絡先を握りしめて、痛々しいくらいに泣いていた彼女を。
本当は、あの時抱きしめてあげるべきだったんだ。
「そんなことぐらいで嫌われちゃう仲だったのか?」
「…そんなことない。って、思いたい。」
あれから三か月がたち、電話をかけたり手紙を出したりしたけれど、電話口に立つことも、返事が来ることもない。
「クリスマス、帰れば?」
「あら、だめよ。」
「メリア!」
突然降ってきた高い声のほうを向くと、いかにもお嬢様然とした女の子。
僕の苦手なメリア・ラッセンだ。
入学当初からなんだか気に入られてしまったらしく、何をするにも呼ばれて困っている。
「ゆーじろーは、あたしとクリスマスを過ごすんだから。ね、ゆーじろー。」
「え、?」
「誰が言ったんだよ、そんなこと。」
「ゆーじろーのお父様よ。うちでパーティーをするから、お嬢さんもよかったらどうぞって。」
なんてことしてくれたんだ父さんは。
このときほど父を恨んだことはなかった。
「ゆーじろーの親父さんは、パーティーに招待しただけで、ゆーじろーと過ごさせるとはいってないだろ。」
「ゆーじろーの家でパーティーするのに、ゆーじろーがいないなんてこと、ある?」
「そりゃぁあるさ。」
わいわいと言い合う二人の間をこっそりと抜け出した。
家に帰りながら、何度目か分からない手紙を投かんした。
今度こそ返事がありますようにと全力で祈りながら。
********
「静、裕次郎くんから手紙来とるよ。」
「ふーん。」
「ふーんて、あんたいい加減返事書いてあげたら?」
「んー。…あとで電話する。」
私は携帯電話を握りしめて言った。
先月の半ばころにきた手紙に、海外でも使える携帯に買い替えたとかなんとかと書いてった。
手紙ではまどろっこしい。
パソコンのメールは面倒くさい。
私はそっとアドレス帳から裕次郎を呼び出し、コールを三回聞いてから切った。
いや、切ろうとした。
『もしもし!!!!!』
「…なんで一回で出るんよ。」
『ちょうど携帯いじってたけぇ…しぃちゃん、…ひさしぶりじゃ。』
「うん。」
『この間、手紙出したんじゃけど、』
「うん。」
『もう届いた?』
『うん。』
「しぃちゃん、うんしか言うてない。」
『うん。』
だって、裕次郎涙声なんだもん。
とは言えない。
私だって少し泣きそうになっている。
『ごめんな、ホンマに。イギリスなんかに、行ってしもうて。』
「…」
『わし、しぃちゃんのこと好きじゃけ。こっちでは、女の子と遊んだりしてないけぇ。だから、』
だから、
『嫌いにならんでな。』
「…」
嫌いになんて、なるわけないのに、と思ったら涙が出た。
そんな悲しいことを考えてしまうくらいに裕次郎を寂しくさせていたのだと思うと申し訳なかった。
『しぃちゃん?』
私は涙をのみこんで、まるでなんとも思ってないように喋った。
「クリスマス、とか、年末とか、帰ってくるん?」
帰ってくるといったら、電話を切る時に好きだよと言ってあげよう。
帰ってこないといったら、日本にいたころの裕次郎のライバル(裕次郎が勝手にそう言っていた)久山くんにクリスマス誘われているんだと言ってやろう。
嘘じゃない。本当に誘われている。
≪高校の時のクラスみんなでクリスマスパーティーやろうって言うてて。石原さんもどうかなぁって。≫久山くん談
大勢のうちの一人としてだけど。
『クリスマス、…は、』
「帰ってこれんの?」
『一緒に過ごしたいんじゃけどね!わしは!帰りたいんじゃけどね!もんすごく帰りたいんじゃけどね!…でも、その、…家族で、過ごすとか過ごさないとか…』
「帰って来れるか来れんか。イエスかノーか。」
『…NO、寄り、です。』
遠くで女の子の声がする。
英語だけど、私だって大学でそれなりに語学を頑張っているから多少わかる。
たぶんこんなことを言っていた。
『裕次郎、クリスマス楽しみね!早く行きましょうっドレスを選んでくれるって言ったじゃない!!』
ハートマークも飛んでいそうな声音だった。
裕次郎は女の子に早口で何か答え、黙ってしまった私を恐る恐る呼んだ。
さっきの申し訳なさは微塵も残らないくらいに心が乱れていくのを感じた。
『しぃちゃん?』
「帰ってこれんならちょうどよかった。」
『え?』
「ウチ、久山くんにクリスマス誘われてるんよ。裕くん帰ってくるとしたら会えないねってさっきも電話で話とって。」
『ひ、久山くんに?』
「帰ってこんのよね?」
『…』
「久山くんにOKの連絡入れられるわぁ。よかった。裕くんはさっきの女の子と過ごすんじゃろ?邪魔しちゃわるいけぇ、もう切るね。じゃね。」
『ちょ、ま、しぃちゃ、』
ブツっ
電話を切ってすぐ、電源を落とした。
嫌いになれたら、と心の底から思った。
街に広がるクリスマスソングが、空々しくて憎らしかった。