LONG FOR RAIN




「ねぇ」
「ん?」
「皆に幽霊が見えたらさ。殺人は減ると思わない?」

途端に呆れたような視線を投げられた。

「何よ?」
「相変わらず訳が解らないな、その思考回路」

是非とも、一度解剖してみたいね−パチンと指が鳴って、きらりとその手にメスが光る。

「何それ?」

馬鹿にしてる訳?−すいと視線を投げれば、彼はけらけらと笑った。

「いや、褒めてるよ」
「嘘つき」

不機嫌そうに睨んでやると、彼は心外だ-というように肩を竦めて見せる。

「最高の褒め言葉だと思うけど?」
「何処がよ」

ムゥと頬を膨らめて彼から視線を反らすと、不意に彼が立ち上がる気配がした。建て付けの悪い窓があげる悲鳴と湿った風の香がする。

「?」

唐突に浮かんだ違和感に小さく眉を顰めた。ベッドから起こした上半身は雨の気配を認めている。

「俺が言葉を交わすなんて相当」
「何云ってるの?」

戻した視線が捕らえたのは窓枠に座る彼。開いた窓は、彼の背景に神の涙を捧げていた。

「言葉なんて誰とでも交わすわ。私の母様やばぁやも」
「何故?」

突飛な問いに一瞬言葉に詰まる。

「何故って…だっていつも会ってるじゃない」

何おかしな事云ってるの?−雨音が増していた。さっきの違和感が消えない。不意にくすくすと彼が笑った。

「解りやすく質問を変えようか」

此処は何処?−すいと示されたのは部屋の床だった。雨脚が少しずつ、けれど確実に床を染めていく。

「何処って…神崎の私有地にある別荘じゃない。療養の為に母様とばぁやと来てるのよ」

忘れたの?−けれども彼は答えなかった。かわりにその唇が別の言葉を紡ぐ。

「俺は誰?」
「本当に何云ってるの?貴方は母様が連れて来た家庭教師の」

言葉が途切れた。唐突に頭に浮かんだのは朧な記憶。


『こ−人は、私の−−で親友よ。これ−−貴女に勉−や作法を教えて−−−わ』
『−−−ちゃん−−−−よろし−ね。私は−−』


記憶の端で長い漆黒の髪が揺れる。光に浮ぶのは穏やかな笑顔。

「どう、して?」

母様が連れて来た家庭教師は彼ではなかった。彼女は、先生は妙齢の女性で。
もしそうだというのなら、彼は?
どうして此処でこんな話をしている?何処で出会った?
解らない。

彼は。誰だ?

視線の先の彼は変色するほど床を叩く雨を気にした様子もない。そう、神の涙は彼に触れない。

「あ、あなたは」

誰!?―立つ場所を失って


崩れたのは
自身か、世界か―――