君の見ているものは、僕には見えなくて
僕に見えているものは、君には見えていなくて
こんなに近くに立っているのに、
人間の考え方は、光年という途方もない尺度に阻まれているらしい



宇宙のこども





太陽系第三惑星、地球。
それが誰かが決めた、僕の住む星の名前。
他の星でどう呼ばれているかは、僕には関係ないし、興味もない。
ただこの星の誰かが、便宜上つけた地球と云う名の星に、僕は暮らしている。


「不満そうだ」

唐突にかけられた言葉に、言葉通り不満そうな顔をして振り返ってやる。

「不機嫌、といってくれないか」
「いいじゃないか、不満で。何が不満だい?」
「言葉そのものだよ」
「わがままだね」
「君に云われたくない」

不機嫌に言い放っても、堪えた様子がない彼に、僕は小さくため息をこぼした。

「それで?用件は?」
「天文学部の呉羽先生が探していたよ」

取り繕えず反射的にしかめた顔に、彼は気づいて微かに笑う。

「宇宙の話は、嫌いかな?」
「別に」

でもー少しだけ目を細めて、首を振った。

「ちっぽけだ、ちっぽけだと思うことが、そんなに偉いとは思えない」
「偉い?」

きょとんとした彼だって、知っているはずだ。
あの人は、僕たちに星を見せる度、人間はなんてちっぽけんだろうねと、繰り返し口にする。

「ちっぽけだと知ることは、確かに世界を変えるかもしれない。
でも、ちっぽけだちっぽけだと、呪文のように唱え続けるのは、僕には逃げることに見える」

宇宙飛行士になりたかったんだー初めて会ったとき、そう云って寂しげに笑ったあの人の顔が忘れられない。

「宇宙の片隅の、小さな惑星に住む何億人分の一人だけど、僕は僕一人きりだ。
ぜんぜんちっぽけなんかじゃない」
「不満そうだ」
「不機嫌と云ってくれないか」

何度目かの台詞に、彼は笑って僕の手を取った。

「不満は口に出せばいい。人が云うから、伝わるんだよ」



流れ星のように、廊下を走る。
風よりも強い存在で、けれども、どこか儚いもの。
煌めくような生の輝きは、なんだか人間によく似ている気がした。



「プロメチウムを知っている?」
「何?」

唐突な彼の言葉。足を止めた彼は、ドアの前で振り返る。

「ギリシャ神話で、人間をつくり、火を与えたチタン族の一人。
彼の名を与えられた、自然界には存在しない人工的に作られた希土類元素だよ」

希土類元素。口の中で転がした言葉は、何処か特別な響き。

「人間を作った英雄の名前が、人間が作った物の名前なんて不思議だよね。
ちっぽけな人間が、宇宙が、自然が、作ることのできないレアアースのひとつを作った」
「稀なる地球、のひとつ」

呟いた途端、彼はうれしそうに頷いた。

「人間は小宇宙にも例えられる。宇宙の一部なのに、まるで宇宙と同じように」

広い宇宙。ちっぽけな人間。
けれど人間は、宇宙のように、無限の夢をのせている。

「人間は小さな宇宙だよ。ちっぽけでも、無限に広がる。だから」

不満に思う必要はないよー笑った彼の向こうから、一陣の風が吹いた。



「どうかしたかい?」

閉じていた目を開くと、扉から顔を覗かせる先生と目があった。

「なんだか、満足そうな顔してるよ」
「不機嫌じゃ、なくなったからね」

肩を竦めて、僕は横を走り抜けていくあの日の僕らのような生徒たちに手を振る。

「そうか、それは何よりだ」

くすくすと笑う先生の顔に、在りし日の彼の顔を見て。

「人間は小宇宙。無限に広がる、からね」

手にしたネイチャーを開いて渡せば、先生は僕の名前の載るページに目を落として目元を緩めた。




人間は誰でも、小さな宇宙。
宇宙のこどもだ。
ちっぽけでも、広い世界の片隅の何億分の一の存在でも、無限に広がる可能性を持っている。
見上げた先で輝く星のような、一瞬の煌めきの中に。