僕が神様になった日




その日は唐突にやってきて、僕の世界を染め上げた。

「君が次の神様だ」

灰色のスーツを着た神様選考委員会の男達がやって来たのは、初秋。
稲穂の色が黄金に変わる頃のこと。
任期は7日後から140年とのことだった。

「では、よろしくお願いします」

慇懃無礼な堅苦しいお役所挨拶の後で、彼らはそう云って去って行った。
おめでとうとは云わないのだな、と僕にはそんなことが妙に心に残る。
結局の所、いまいち実感が湧かなかったのだ。

神様には任期がある。
それは当たり前のこと。
次の神様は選挙ではなく、選考委員会がいくつもの可能性や計算から割り出すのだそうだ。
任期がばらばらなのもそのせい。
生まれながらに僕達は、神様になる運命を背負っている。
任期の間は不老不死で、人々の生活を見守るのだ。
名誉なことでも、有り難いことでもない。
ただ、当たり前のこと。
小学生になるように、中学生になるように。
僕達は神様になる。

「出かけてくる」
「気をつけて」

まるでいつもと変わらない言葉に、僕は靴を突っかけて家を出た。
柔らかな日差しが畦道に落ちていて、僕は影を追い掛けるように歩き出す。



「そう、次の神様なのね」

彼女は少しだけ困ったように目を細めて、それからただ静かに頷いた。
僕は彼女のそばにいると、円かになれる気がしていた。
だから神様になったときは、彼女のことを思うつもりだ。
彼女の生きる世界なら、僕は愛おしく思えるだろう。
彼女の大切なものの多い世界なら、僕は大切にできるだろう。

「任期は?」
「140年」
「それは少し、長い」
「え?」

きょとんとした僕に、彼女は小さく微かに笑う。

「私はずっと、貴方のこと好き」

唐突な台詞に瞬くと、彼女はそっと僕の手を握った。

「貴方の心が孤独に染まりそうになったら、思い出して。私は貴方のそばにいる」

同じ時に生まれたのに、僕らの針はもう重なることはない。
僕を知る誰彼は、僕よりさきに老いて逝く。




「浦島太郎みたいだね」

無邪気に笑う少女に、同じ顔をした少年が顔をしかめた。

「僕、あの話嫌いだよ」
「どしてよ?」
「亀を助けたのに、陸に戻った浦島太郎は、本来生きられる時間を失ってしまったんだ。恋人だっていたかもしれない。両親だっていたかもしれない。亀を助けた英雄のはずなのに、浦島太郎は家族や知り合いといった人達と生きる時間を失ったんだ」
「でも、海の中で存分に楽しんだじゃない。それなら最初から、お礼はいらないと云わなくちゃいけなかったのよ」

ねぇ、そうでしょ−同意を求めるように見上げた少女の頭を撫でて、僕は小さく苦笑した。

「君なら、きっと断れたね」
「断らないわ。竜宮城いきたいもの。そこから帰らなければいいのよ。そうすれば」
「日光が、人が、地上が。恋しくならないはずないよ」

ねぇ、そうでしょ−当たり前と云った様子の少年の頭をぽんぽんと叩いて、僕は小さく微笑んだ。

「君なら、きっと解ってるね」
「僕らは二人だからね」
「そうよ。二人だもの」

顔を見合わせた二人は、それから気づいたようにポケットから何かを取り出す。

「忘れてたよ」
「頼まれたの」

小さな小さな木彫りの根付けは、僕の名前と彼女の名前。からんと揺れて僕の手に落ちた。

「もう誰もいない?」
「もうなにもない?」
「「そんなことないよ」」

くすくすと笑う声が、右と左とふわふわ増えて、僕の両腕に少年と少女が飛び付いた。

「孤独な夜は空を見上げて」
「一人の朝は海を眺めて」
「あの人は星になって」
「あの人は風になって」
「「ずっと貴方のそばにいる」」

どんっと背中を押されて、よろめくようにでた光の中で、僕は泣きそうに小さくささやく。

「君達なら、大丈夫だね」

答えるように、風が耳元を走り抜けた。
随分久しぶりに眺めた太陽は、あの日と変わらないように柔らかな光を放っている。