知りたがりやの嘘つきは
嘘をつくことを知りました
言葉にしてきた今までが
嘘である事を識りました
けれどもそれは嘘つきにとって
嘘ではなかったのでありました

誰かの嘘が
誰にとっても嘘だとは
必ずしも云い切れはしないのです
そう、誰にも



                    (「忘却の城の日記」詞書)



知識に恋して、


「私、先生と結婚しようかな。そしたら」

遠慮なく此処に住めるよねーぽつりと呟いた言葉に、先生の同居人二人が、間髪いれずに「駄目ッ」「駄目だ」と声をそろえた。





「先生、私嫌われてるんでしょうか?」

論文に対する話を終えてから、そういえばと先刻の話をすれば、先生は途端にけらけらと笑い出した。

「酷。笑い事じゃないんですけど」
「悪ぃ悪ぃ」

むっとした私にちっとも悪いと思っていないような口調でひらひらと手を振ると、先生は肘掛け椅子に座ったまま足を組みかえる。
肘掛け椅子は見た目からしてやわらかそうで、すわり心地が良さそうだった。
なにより先生の書斎にぴったりくる。

「全然謝ってるように聞こえませんけど?」
「そうか?」

先生はいつもこの調子だ。
講義もこんな調子だから、他の先生にはあまり評判がよろしくない。
けれどそういう講義に限って学生受けが良かったりするのだ。
自慢話のようにだらだらと文献を音読されても、家族の自慢話をされても、そんな講義はつまらないことこの上ない。
本来学生と云うものは貪欲なのだ。
もっとも、遊びに来ているような人間は別として。

「まあ良いじゃねぇか」
「よくありませんよ。嫌われてるなんて。まだ論文で1年近くお世話になるんですから」
「お世話するのは、俺だろ?」

ほっそりとした長い指で自分自身を示す先生に、当たり前だと、私は大きく頷く。

「そうですよ。でも、お二人は此処だけでなくて、研究室にも良く出入りしてるじゃないですか。嫌われてると解ってて、出入りしやすいわけないでしょう」

それにー私は思わず机を叩く。

「嫌われてるからって、私が遠慮したら、先生に会えないじゃないですか。此処に一緒に住んでるのにずるいですよ。私だって平日も、休日も先生に会いたいのにッ」

私が力説した途端、何か重いものが落ちた音が、扉の向こうで聞こえた。

「へ?」

キョトンとした私の横で、先生が何故か噴出す。
それから、なんの衒いもなく扉に向かって声を投げた。

「おい。入ってこい。盗み聞きなんざ、達がわりぃぞ」
「盗み聞き?」

訳が解らず先生を振り返ると、扉がゆっくりと開く音がした。

「ご、ごめんなさい」
「謝る必要ないよ。お茶を出すタイミングを計ってただけなんだから」

声に振り向けば、先生の同居人である少年と青年が立っていた。
少年は小さくなってクッキーの抱えている。
底が少しへこんでいるから、さっきの音は此れを落としたのだろう。
青年の方は言葉通り、片手にグラスを載せたお盆、もう片方の手にウーロン茶の2リットルのペットボトルを持っていた。

「タイミングねえ。わざわざペットボトルで、グラスのみってのは別の意味にも取れるよなあ」

意地悪い先生の台詞に、けれど青年は何も答えず、少年を促した。

「ほら、クッキー出して」
「あ、うん」

少年は漸くほっとしたようにぱたぱたと私の前のソファまでやってくるとそこにぺたんと腰を下ろしてクッキーの蓋をぱこんとあけた。

「あ、私もう帰りますから」

慌ててぶんぶんと手を振ると、先生がまあ飲んでけよーにっと笑う。

「先生、私の話聴いてました?」
「聞いてたよ。だから教えて遣ろうって云ってんだろ」
「何を云うつもりですか、教授」

青年のいつになく冷ややかな物云いに私は身を縮こまらせた。
同じ年で同じ大学の学生だというのに、どうも青年とは親しくなれない。
何度か放しかけたのだけれど、いつも口数が少なく面倒くさそうなので気詰まりになる。
先生と違う意味で造詣が深そうで、討論をするととても面白そうだと思うのだけれど。

「うん?そりゃあ、お前らがこいつを嫌ってるのかどうかって話だろ?」
「ちょ、先生ッ」
「はぁ?」
「え?」

キョトンとした二人に視線を向けられて、私は小さくため息をついた。

「先生、いくらなんでも直接嫌いとか云われたら、私へこみますよ?それに、はっきり云われてなければ、多少ずうずうしくても、先生の所来られたのに、なんでそんなこと云うんですか」

もうー膨れて見せれば、先生はにやにやと笑うと、同居人の方をしめして見せた。

「で?」
「僕、おねーさんの事嫌いじゃないよッ」

慌てたような少年の台詞に、青年も同意するように頷く。

「どうしてそういう思考回路になるんですか?」

呆れたような青年の言葉に、先生が楽しそうに身を乗り出した。

「お前ら、こいつがこの家に住むの嫌だっていったんだろ?」
「は?」
「違うよー」

途端に少年がぶんぶんと首を振る。

「僕が嫌だったのは、おねーさんが、きょーじゅと結婚しちゃうっていったからだよ?」
「え?」

目を丸くすると、正面で少年はにっこりと笑った。

「だって僕、おねーさん大好きだもん。きょーじゅの事も好きだけど、おねーさんがきょーじゅと結婚しちゃうのは嫌なのー」

面と向かってそんな事を云われるのは初めてなものだから、私は思考が停止してしまって、ただ口を開閉することしかが出来なかった。
それから唐突に恥ずかしくなる。

「えと、あの」
「おねーさんはきょーじゅが好きなの?毎日一緒にいたいの?結婚する?」
「違う違う」

ひょいひょいと手を振ったのは先生で、私が顔を上げると先生は肩を竦めた。

「こいつは、俺の話を聞きたいだけだぞ。知りたがりで、何かといっては質問攻めだ。まあ、教える側としては、大歓迎だがな」

着眼点が面白いしなーにやにや笑う先生に、青年が形の良い眉を顰めた。

「つまり、討論や知識収集の為にこの家に住みたいと?」
「うん。えと。いけなかった?でも、学生でしかも異性だと、先生、大学側からあらぬ疑いかけられるかもでしょ。だったらいっそ」

結婚ーあっさり紡げば、青年が大きくため息をついた。

「だって先生の事嫌いじゃないし」
「そんな理由でこの人に嫁ぐとか云うのは止めてくれません?」
「そんな理由って」

むうと口を尖らせると、黙って聞いていた先生が思いついたようにぽんと手を叩いた。

「こいつの嫁になりゃあどうだ?此処にも住めて一石二鳥。こいつの論も、結構面白いぞ」

こいつ。青年を示されて、私はえ?と思ったのだけれど。
当の本人が、僕は構いませんけどーなんていうものだから、私は本日二回目の思考回路ショート。
そのくせ青年は何処吹く風。


この家の住人はひとくせもふたくせもあるようで、私は今更ながら二人の視線に顔が熱くなるのを感じた。