きっと 信じていた
同じように日々が続いていく事を
きっと 疑わなかった
刹那にうまれるそんな理不尽さを

一瞬光って

それから
それから

全てを攫っていった
日常を あっという間にかき消した
 


                 (「忘却の城の日記」六章より抜粋)



雨夜に消える


私が祖父を思い出す時、彼はいつも曖昧な苦笑をその唇に乗せている。


祖父が私の前から消えてしまったのは、雨のそぼそぼ降るある夕方の事だった。
消えてしまった。
私はこの云い方がしっくり来るのだけれど、両親は揃って、「おじいちゃんは亡くなった」のだと私に何度も云い聞かせた。
私は聞き分けのない子どもだったわけではないのだけれど、「亡くなった」と「消えてしまった」ことが違うくらいよく解っていて、両親の言葉には賛同し兼ねたのである。
祖父は確かに消えたのだ。
骨壷に納められているのは、彼ではない。
あれは彼の抜け殻だ。


「お前には、私の血が色濃く継がれているようだね」

あの日祖父は、そんな事を云いながら、例の苦笑を浮かべていた。

「血?」

キョトンとした私の頭を、彼はその大きな節のある手で撫で回した。

「お前にだけは云っておこうか」

そう云って祖父は障子を開けて、雨のそぼそぼ降る庭に目を向けた。
まだ青い紅葉から、時折雫がぽたりと落ちる。

「私はね、帰らなければいけないんだ」
「帰る?」

私はさっぱり意味が解らなくて、促すように祖父を見上げた。
帰るも何も、祖父の家は此処ではないのだろうか。
そんな事を子どもながらに思った。

「あの日私は、こっそり近所の友だちとかくれんぼをしていてね」

彼の話は要領を得なかったけれど、私はどうしてか何も云わずにじっとその話を聞いていた。

「私は家の裏に掘ってあった穴の中に入っていた。あの頃はどの家にもそんな風に穴が掘ってあったんだ。私には弟がいてね。私より3つ年下だったんだが、一緒に入ってこようとしたんだ」

祖父はどうしてか言葉を切った。

「私は意地悪をしてね」
「意地悪?」
「弟を入れてやらなかったんだ。そうしたら」

光が全部攫っていったー畳にぽたりと雫が落ちた。

「おじいちゃん?」
「私は帰りたいんだ」

いや。帰らなければいけないんだ―強く紡がれた言葉は、不意に庭に溶ける。
彼は唐突に立ち上がった。

「おじいちゃん?」

庭の一点を見つめたまま、祖父は暫く動かなかった。
私が腕を引いても、少しも反応を返さずにいて、それから唐突に雨の中に走り出した。

「おじいちゃんッ」

彼はいつもと同じような苦笑を浮かべていて、追いかけようとした私と祖父の間を光が遮る。
光が消えた後、彼は何処にもいなかった。



ぼそぼそとした声とそぼそぼ降る雨の音に私は覚醒を促された。
何時の間にか眠っていたらしい私は、そこが両親と暮らす家であることを理解する。
おじいちゃんは?−私の言葉に両親は揃って首をかしげた。
祖父がこの家に来たことも、私が祖父の家に行った事も暫くなかった、そういうのだ。
私は、今までこのそぼそぼ降る雨の中、祖父の家にいて、祖父が雨の中に消えたことを話したが、二人は取り合ってはくれなかった。
不意に鳴り出した電話に、話を切り上げる切欠をみつけて、ほっとしているようでもあった。
けれどその電話が告げたのが、祖父の他界だった。
結局彼はいろいろな事情や手違いで、お骨だけになって私の前に帰ってきたから、私にはどうしても、祖父が死んだとは思えなかった。



あの時の光がなんなのか、私には知るすべはない。
けれど私はあの日のようにそぼそぼと雨が降る日、祖父があの苦笑を浮かべながら何処かで生きているような気がしてならない。