ジョングルール
ジョングルール
汝の名を呼ぶ
ジョングルール
その度に汝が蝕まれてたとしても
ジョングルール
汝の名を呼ぶ
ジョングルール
(「忘却の城の日記」三章より抜粋)
歪みの国の一途な執着
「あははははは」
途切れる事ない高笑いは、私の心を逆なでし、その一方で言い知れない恐怖を呼び寄せた。
「貴女はどうして笑うのですか」
無意味とは知りながら、私はそう問いかけずには入られなかった。
「無駄だよ。その問いはこの人には意味をなさない」
彼は興味もなさそうに呟いて、アームチェアに深く腰掛けたまま足を組み直す。
「この人の心を占めるのはただ一つの事柄だけ。それ以外の問いは届く事もない」
「だが、君は彼岸を知っている。私も少しは」
「救いたい、とでも云うつもりかい?」
冷ややかな言葉に、私は答えに窮した。
「君が其処まで傲慢な人間だとは思わなかったな」
「傲慢なつもりなど」
ない、と云いかけて、その言葉はふんと鼻で笑われる。
「其れなら聞くが、君は何を救いたいんだ?」
「何を、とは」
「この人は」
そう云って彼は彼女を示す。
「何から救われたいと思っている?」
「何からって…それは勿論、彼岸から此岸に戻ってくる事が」
「それは本当にこの人の望みか?」
彼は私に前髪の奥から鋭い視線を投げた。
「君が救いたいのは、君自身の気持ちに他ならない」
「何を云っているんだ。私は」
「何を?事実だよ。君は知ろうとしないのだから」
彼はアームチェアからひょいと立ち上がると、靴音を響かせて彼女の椅子の後ろに回る。
彼が彼女の後ろからアームチェアの前に戻ってきた時、彼の手には古ぼけた写真立てが握られていた。
「知ろうとしない?私が何を知らないというのだ。この人は」
私は笑い続ける彼女に視線を向けて、母親なのだぞー彼に怒ったように告げる。けれど、彼は動じた様子もなく、その写真立てを私の前に置かれた机に立てて見せた。
「君の母親であろうが、他人であろうが、知った事ではないが、君が無知である事を認めるのにたいした差はないだろう」
「私の何処が無知だと言うのだ。私は母を」
良く知っているー紡ぎかけた言葉は、写真立てに飾られた写真を目に写した途端に萎んで消えていた。
「な。冗談にも程があるぞッ」
私は反射的にそう叫んでいた。
「冗談であるものか」
彼は私の大声に驚きもせず、ただ一言呟く。
「たちの悪い冗談か、悪ふざけでなくてなんだと言うんだッ」
冒瀆もいい加減にしてくれッ―叩きつけるように机に下ろした手は、けれど音を立てはしなかった。手は触れる事無く机を抜ける。
「な」
「君は理解する必要がある。君と、この人と。お互いが何に囚われ、何を望んでいるかを」
強すぎる執着が生むのは、歪と呪いだけだ―彼は煙草に火をつけると、ふうと煙と吐き出した。
その紫煙はゆらりゆらりと揺れて、私の前を過ぎていく。
その煙を見ているうちに、私は心も同じようにゆらりゆらりと揺れて、ささくれ立っていた心が静まるのを感じた。
「私は、母に生きていて欲しかったのだ」
驚くほどすんなりと零れた言葉に彼は何も云わなかったが、私は漸くたどり着いた言葉は彼に届いたと確信していた。
「私は幸せだった。私は母ではなく、母も私ではない。母は母の人生があるのだから」
だから私は、母にはこちらにいて欲しかったのだ。それだけを考えていたのに、何時の間にか母に執着するあまり、世界は色を変えていた。
「其れを、僕に告げろと?」
彼は厭そうに目を細めたが、私は大きく頷く。
「私では駄目だ」
「結局君は厄介事ばかり残していく」
「君なら何とかしてくれると解っているからさ」
「良い迷惑だ」
ふんと鼻を鳴らした彼は視線を逸らしたが、ひらひらと手を振った。
「さっさと往け」
「ありがとう」
私は、私の眠る棺の写真から目をあげて立ち上がった。
私が立ち去る時、彼は笑い続ける彼女の耳に何事かを囁いていたが、私は彼女がそれに答えたのかを見ることはなかった。
けれど私が全てを手放す間際、笑い声が聞こえなくなったような、そんな気がした。