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霊祭
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暑さを撫でるように吹いた風が涼しさを喑いた。
暮れかけた茜色の空に昇る煙は、帰る場所を教えるモノ
「出来たッ」
私が声を上げると、外を見ていた師匠が振り向いた。
「ああ。上手に出来ましたね、壱与さん」
胡瓜の馬と茄子の牛。師匠が取り上げたのは茄子の方だった。
長い足の胡瓜と短い足の茄子。
とっても不恰好だったけど、師匠が褒めてくれたから私は嬉しくなってよしよしと胡瓜の馬を撫でてあげた。
松明が庭先で爆ぜる声に雑じって風鈴が啼いている。
「そろそろ行きましょうか」
「?」
茄子の牛を置いて、不意にそう云って立ち上がった師匠にキョトンと首を傾げて見せると、さあ早く―師匠がにこにこと手を引いた。
「少し出掛けてきますね」
「はい、お気をつけて」
師匠は宿の女将さんに声をかける。
私は訳がわからないまま、師匠と繋いでいない手を女将さんに振り返して外に出た。
太鼓の音がした。
「師匠、太鼓」
「盂蘭盆ですからね。お祭り事をやっているんですよ」
「お祭り?」
黒に変わり始めた道の向こうで笛の音もする。
「御盆が何かは話しましたよね?」
「うん。亡くなった人が、帰ってくるんだよね」
答えると、師匠は嬉しそうに笑った。
「ええ、そうです。胡瓜の馬で早く、迎え火で場所を示して」
そうそう、初盆のところでやるんですよ―師匠はにこにこと楽しそうに笑う。
でも私はよく解らなくて、ムゥって顔をして見せた。
「師匠、文章おかしくて解らないよ」
「あ、すみません」
困ったように師匠が頬をかく。
「ええと、何が解らないですか?」
「胡瓜の馬とむかえびとはつぼん」
私が単語を口にすると、師匠ははいはいと頷いた。
「亡くなった人が胡瓜の馬で帰ってくるんですよ。帰りは茄子の牛なんですけど、早く来てゆっくり帰っていかれるように。
少しでも長く一緒にいられるようにという昔の人の思いなんでしょうね」
「あ。だから馬と牛なんだ」
私は作った牛と馬を思い出して、思わずふふふと笑ってしまった。
「どうかしました?」
「私の馬、足が長いからきっととっても速いし、牛は足が短いからとっても遅いね」
「ああ。そうでしたね」
師匠も一緒にふふふと笑う。
「その馬は、さっきお庭で炊いていた火を目指して走ってくるんですよ」
「それが、むかえび?」
「ええ。帰りはお見送りに送り火を炊きます」
「ふうん。あ」
角を曲がったら、突然太鼓の音が大きくなった。何処かの家の門に人が沢山集まっている。
「師匠、あれ」
「ああ。あそこが初盆の御家ですね」
何をやっているのか聞く前に、師匠が嬉しそうに歩を早めた。
慌てて私は小走りでついていく。手を繋いでいるから、遅れたら引きずられてしまう。
師匠は好きな事になると周りが見えなくなっちゃうから、私は邪魔をしないように、でも置いていかれないように必死になる。
太鼓の音。独特な節の唄。時折聴こえる鉦の聲。
家の前に着いたとき、人と人の間に太鼓を叩きながら踊っている人が見えた。
頭には編み笠。白い殿中に花色の襷。漆黒の脚絆。長い手の先に長い撥を持っている。
「お祭り事は、その方が亡くなって初めてのお盆、つまり初盆の家々を回るんですよ」
「ひゃっ」
不意に師匠の声がして、私はいつの間にか抱き上げられていた。
視線が高くなって、踊っている人がよく見える。
「し、師匠、降りるよ」
「良いんですよ。よく見ておいてください」
「え?」
キョトンと師匠を見たけど、師匠はもう何も言わずにその催し事をじっと見ていた。