THE LAND OF THE COVENANT






「ねえ、聴いて」
「くだらない事ぢゃなかったら」

素っ気無く尋耶が応えると、それなら駄目かも−少女は小さく苦笑した。

「駄目なら云うな」
「意地悪」

ぷうと少女は頬を膨らませ、尋耶を睨む。
解ったよ−肩を竦めると、少女は直ぐににっこりと笑った。

小さな病院の屋上のベンチに二人は座っていた。
転落防止に張り巡らされた金網と柵が、まるで牢獄の中にいるように錯覚させる。
小高い丘の上に立つせいか、立ち並ぶビルが其処からは良く見えていた。
溢れ返る人の波が遥か下を流れていく。

「此処はね、地上の天界なの」

ふふふと笑い、少女はベンチから立ち上がってくるりと廻った。
少女の纏う真っ白なワンピースが風を孕んで膨らむ。

「此処が地上の天界なら、差し詰めあんたは地上の天使か」
「あら、随分褒めるのね」

地上の天使は見習いかしら−柵に手を掛けて彼女は空を仰いだ。
時折吹く風が、彼女の髪を弄び、湧き上がるような雲が碧空を穏やかに流れていく。

「天界に招かれたら、本物になれるかしらね」

静かに言葉が零れ落ちた。彼女は背を向けているから、尋耶に表情を伺うことは出来ない。
けれど、くるりと振り向いた彼女はにっこりと笑っていた。

「あたしが天使なら、あなたは何かな」
「死神だろ、勿論」
「どうして?」

あっさりと紡ぐと、彼女はすとんと隣に座って尋耶を仰ぐ。

「代行屋だから」

今、世間様で有名だろう−とある漫画の題名を告げると、彼女は一瞬目を見張ってからくすくすと笑い出した。

「何で笑うかな」
「あなたが死神なら、大歓迎だわ」

優しい代行屋さん―彼女はぽてんと尋耶の肩に頭を預ける。

「眠く、なっちゃったわ」
「寝たら良い」
「ええ。肩、貸してね」

瞼を閉じると長い睫が際立って、彼女をますます綺麗に見せた。
毀れる寝息が、穏やかに少しづつ減っていく。










「後はご自由に」
「ありがとう、ございました」

一人屋上を後にすると、ドアの向こうで妙齢の夫婦が頭を下げた。
其の横に立つ初老の医師が、待機していた白衣のスタッフにドアを示す。
雪崩れ込むように、四人の白衣が担架を持ってドアの向こうに消えた。

「お疲れ様」
「別に」

肩を竦めて、尋耶は背後を振り返ることなく階段を下った。
病院の玄関を抜けると、眩しい太陽の光が瞳を差す。

―あり、がと

何処からか聴こえた声に、尋耶は空を仰いだ。鳥の、啼き声がする。

―約束代行完了

ビルとビルの間を横切った真っ白な鳥を目で追って、尋耶は心中でそう呟いた。