桜祭 序
「桜祭?この時期に?」
如月の下旬。唐突な智の言葉に融は訝しげに眉根を寄せた。
「融、暇ある?」
部屋に入るなりそう尋ねた智は、椅子を引き寄せて机の横に座る。
「唐突だな」
「そっか?なんだ。真っ白」
机の上の原稿用紙を覗き込んで、智はくすくすと笑った。ぽいと万年筆を原稿の上に転がして、融は不貞腐れてみせる。
「智兄。冷やかしに来たのかよ」
「生憎、そんなに暇じゃないって」
俺はさ―にこりと笑う智に肩を竦めて、融は頬杖を付いて智を見遣る。
「じゃあ、何の用だよ」
問うた途端に、話が早くて助かるな―智にぽんと紙を放られた。
「俺の代わりに桜祭り、行ってきてくれない?」
眉を顰めたまま書簡に目を落とせば、達筆なのか稚拙なのかよく解らない文字が躍っていた。
『我が故郷なる村に、古より伝わる刀あり。ついては鑑定を頼みたい。村では先ごろより桜祭も行われており、多くの旅行者の出入りもあるこの時期だからと、周囲の目を憚る事もない為持ち主の承諾も頂いた。宜しくお頼み申す 鴨志田』
「意味が掴めない」
「鴨志田って覚えてない?昔、家に壷持ってきた人でしょ」
智の言葉に、目を細めて宙を仰げば、一人の顔が漸く浮かんだ。
「ああ。曰く付だとかいって、売りつけようとした爺さんか」
あれは、憑物神だったっけ―結局は買い取って輔の所に納めたから、今も多分輔の実家である狭間神社に置かれているのだろう。
「そう。あの人が、見て欲しい刀があるから、来てくれって訳。生憎俺は商談が押してるから、融行って来てくれないかな、と思ってさ」
「俺が行っても商談なんか出来ないぞ?」
「商談なんかしなくていいって」
さらりと云われて、融は目を瞬く。
「は?」
「だから、融の目で文字通り見てきてくれれば良い。今度もこの間みたいに、輔君の領分だったら俺が行ってちゃんと商談するし。そうじゃなければ、気にしなくて良いし」
「普通に良い物だったらどうなんだよ?」
商売にはしないのか?―言外に問えば、笑って頭を撫でられた。
「生憎と。蔵開き辺りは関与したいけど、そういう骨董の類は管轄外なんだ」
「へえ」
「そういうこと。それで?」
行ってくれるのか、どうなのか―智の言葉に肩を竦める。
「煮詰まってるし、気分転換してくるかな」
「そうこなくちゃな」
ふっと笑った智は次の瞬間、机にぽんと袋を放った。金属があたるような音が部屋に響く。
「ん?」
「地図、列車の切符、旅費」
あまりの手際の良さに呆れたように見上げる融に、智は小さく苦笑すると、ひょいと椅子から立ち上がって、よろしく―肩を叩いて部屋を出て行った。
荷物を手に、融が旅路についたのは次の日のこと。